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今月の23日に出発した四国への旅は、最終的に3泊4日となり、26日の夜帰ってきました。
今回の旅の記録は、少しずつブログに上げていきたいと思います。

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あかねが10代前半まで暮らした町には、初日に訪れました。

本州から瀬戸大橋経由で四国に渡り、高速を降りた後、国道を延々南に向かって車を走らせてようやく着いた町は、車で走れば、端から端までものの10分で通り過ぎてしまうようなこじんまりとした町でした。

みかんの生産と漁業が盛んな町とのことで、山の斜面にオレンジ色の実をつけた木が一面に植えられていて、港にも漁船らしきボートが何艘も停泊していました。

うっかりみかんの写真をとるのを忘れていましたが、港の風景は何枚か写真に収めました。

20120123_7.jpg

おそらくは海に囲まれたこの国の、いたるところにあるような町のひとつなんだろうな・・・。

などと思いにふけりながら、まずはあかねが暮らしていた家を見に行くべく、車をスタートさせました。


あかねとその両親が住んでいた家は、見つけるまで苦労しましたが、地元の人に尋ねて何とか見ることが出来ました。

その後、あかねが通っていた小学校と中学校も見に行きました。


20120123_6.jpg
(↑あかねが卒業した小学校。写真はちょっと加工させてもらいました。)


まだ子供だったあかねがランドセルを背負ってとことこ歩いている姿や、町の目抜き通りを自転車で走る姿を想像したりしてみました。

行く先々で、あかねの小さな遺影を取り出してあかねにその風景を見せてやりました。

あかね、懐かしいか?

そういえば、あかねの今の実家までわざわざ手を合わせに来てくれた小学校の先生はまだここの小学校にいるのかな?
お義母さんに聞いてくればよかった。


今から30年ほど前まで、四国の西の端っこの小さな小さなこの町であかねは暮らしていました。

その頃僕が住んでいたところからは、遥か遠いところであかねは日々を過ごしていました。

そう考えると、僕があかねに会うことができ、結婚まですることが出来たのは、なんて偶然なんだろう・・・
と思います。

そしていまあらためて、僕たちを引き合わせてくれた偶然に、僕は感謝します。

20120123_3.jpg
(あかねの通った小学校の近くからのぞむ海の景色)


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会社を退職する前から、ひそかに行ってみたい場所がありました。

あかねは中学生の途中まで、親の仕事の関係で四国の小さな海沿いの町に住んでいました。

僕たちが出会った時にはすでに四国を離れ、今僕が住んでいる街で生活していたので、僕は話でしか四国での生活のことを聞いたことがありませでした。

“むちゃくちゃみかんが採れるところ”という以外に観光資源の乏しいところらしく、あかねの生前にも行ってみたいと思うことはありませんでした。

でもあかねがいなくなってから、僕は、あかねが歩いた人生の僕の知らない空白部分を少しでも知りたいと思うようになっていました。

「観光でもなく、おそらくはこの先仕事でも行く可能性がまったくない」土地へ行くなら・・・

今しかない!

と、いうことで、退職後の社会保険関係の手続きも一段落したこのタイミングで出発することにしました。


そして今日1月23日、あかねが10代の前半を過ごした町をこの目で見ました。

こういっちゃ何ですが、本当に鄙びた港町でした。

事前に宿泊予約をしようと「○ゃらん」のサイトで検索しましたが、どうも町の中に宿泊できるところも見当たらず、今夜は隣町のホテルに泊まり、その部屋でこのブログを書いています。


今日は朝の出発が早く、さすがに疲れたので、詳しくは次回以降のブログで書き記したいと思います。


今日一日、ずっとあかねを車の助手席に乗せて、あかねが住んでいたところ(住まいの住所をあかねの両親からあらかじめリサーチしていました)や、あかねが通った小学校、中学校を一緒に見て回りました。

なんだか、本当に二人で旅行している気がちょっとだけしました。

20120123_1.jpg
↑助手席のあかね。


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小さな旅_1

Category : 旅ログ

日付が変わったので昨日のことになりますが、ドライブに出かけました。

この自由な時期を使って、少しでも心が瑞々しくなることをしたいと思っています。
(なんせ、今は心がかなり干からびているので・・・)

あかねが亡くなって、仕事に復帰してから一昨日の最終出社日まで、ずーっと忙しい日々が続き、遠出はしていませんでした。
もっとも出掛ける気にもなれませんでした。

時間に縛られることのない今の状況が、気持ちを後押ししてくれたのだと思います。

そんなに遠出とは言えませんが、行き先は車で1時間程度の夕日の名所(日本の夕日100選のひとつ)にしました。

実は、3年ほど前にも、あかねと一緒に出かけた場所です。
季節も同じ冬でした。

でも、その時は目的が別にあったので夕日を見ることなく帰ってしまいました。
と言うか、その場所が夕日の名所であることも知らなかったのですが・・・。


目的地はひなびた港町です。

20120113_2.jpg

こじんまりとはしていますが、古い町並みが残っていて、ぷらぷらと散策しながら夕刻を待つことにしました。

そして、これまたこじんまりとした浜辺があり、波打ち際に出てみました。

20120113_1.jpg

ゴミに混じって貝殻が打ち上げられていて、なんとなくいくつか拾い集めました。
内海だからなのか、あまり珍しい貝殻はありませんでしたが、ガラス瓶にでも入れて部屋に飾るつもりです。

20120113_4.jpg



・・・という感じで、時間を潰して良い頃合になったので、僕は夕日がよく見えるであろうポイントに移動しました。
本当は徒歩で少し高台に上ったところに夕日観賞のベストポイントがあるようなのですが、今日はとても寒く、海からの風がキンキンに冷えていたので、観賞場所はすぐに車に避難できる港の駐車場にしました。

20120113_3.jpg

少し前まで、雲に隠れていましたが、半島の影に隠れる直前で顔を出してくれました。
海面にのびる光の道もはっきり見ることが出来ました。


確かにきれいだけど、独りで眺めるのことにはやっぱり寂しさも伴いました。
あかねがいたらもっと単純に夕日に見惚れることができるだろうな・・・。
などと思う一方で、
いやいや、あかねはむちゃくちゃ寒がりなので、きっと車の外から出ないだろう。
きっと、僕が車内に戻ったら「寒いから早く帰ろうよー」とか絶対言うだろうな。
などとすごくリアルな想像が浮かんだりもしました。
あかね、こういう自然観賞系はイマイチ興味薄だったもんな。
どっちかと言うと、テーマパークなんかの人工的な演出に心を躍らせる方だもんな。


今日は必要以上にあかねのことで感傷的にならずに過ごせた気がします。

決してあかねを忘れるわけじゃない。
むしろ、僕の中に生きているあかねをもっともっと生かし続けるために、あかねのことを思い出して、今日みたいに想像して、

「あかねはいつもそばにいる」

という感覚を強くしていければと思います。

あかねは明るかった。屈託がなかった。朗らかだった。
そんなあかねがそばにいてくれれば、たとえ目には見えなくても、僕は落ち込んでばかりいられるはずがありません。


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お知らせ
これまでにほんブログ村の「子宮がん」カテゴリに参加していましたが、思うところがあり、登録をはずさせていただきました。ご了承ください。
プロフィール

むらさきせいじ

Author:むらさきせいじ
2011年春、妻をなくした40代です。
本当に本当にありふれた人間ですが、人生の半ばともいえる40代で世界中でいちばん大切な人を喪失したことはそれなりに特異なことだと思います。
そんな状況におかれた心情を綴っていくことで少しでも心が解放されたらと思っています。
プロフィールのサムネ画像は、妻が描いた僕の顔です。

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