忘却していくことの恐怖

Category : 吐息とも吐かないつぶやき

「はじめに・・・」でも書いたように、あかねが遠くへ逝ってしまってから長い間、毎日涙を流さずには過ごすことは出来ずにいました。

でもこの何日かは、泣かずに一日をクリアする日があります。

毎日会社に通い仕事をこなすことであかねに想いを馳せる時間が限られるようになったり、一人で時間を過ごすことに“慣れ”てきたということしょうか?

僕自身の再生のためには、きっといいことなのでしょう・・・。

でも、あかねに対する生々しい記憶が、日一日と薄れていっているのではないか?という恐れにも似た感情が芽生え始めています。

このまま少しずつ、在りし日のあかねの表情や声の響きが、僕の記憶の中で風化していくのではないか?
これは僕にとってとても怖いことです。

僕はいつまでもあかねの笑い顔や笑い声を鮮明に脳裏に焼き付けていたい。
肉体は無くなってしまったけど、あかねの魂と一緒に暮らしている、という実感を常に抱いていたいと思っています。

どうか、僕の脳細胞が何があってもあかねのことを最も優先して働いてくれますように・・・。

そう祈りながら、僕は今日も明日もあかねの遺影に向かって声をかけ、毎日夢に出てきてくれるようにお願いしています。

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コメント:

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こんにちは。ブログ、順次拝見しております。
妻を亡くして間もなく一週間経ちます。辛くて辛くて仕方ありません。これからの未来に絶望しか感じません。
妻のことを考えると、呼吸が苦しくなり、涙が出てきます。
今はまだ、「忘却していくことの恐怖」を感じる余裕が全然ありません。それよりも、未来に向けて沢山の思い出を積み上げていくことができなくなったことが悲しくて仕方ないです。
でも、だからこそ、少し気持ちが落ち着けば、せいじさんのように、今までの思い出を「忘却していくことの恐怖」を感じるようになるのかもしれませんね。

すみません、心が乱れすぎていて稚拙な文章になってしまいました。
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これまでにほんブログ村の「子宮がん」カテゴリに参加していましたが、思うところがあり、登録をはずさせていただきました。ご了承ください。
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むらさきせいじ

Author:むらさきせいじ
2011年春、妻をなくした40代です。
本当に本当にありふれた人間ですが、人生の半ばともいえる40代で世界中でいちばん大切な人を喪失したことはそれなりに特異なことだと思います。
そんな状況におかれた心情を綴っていくことで少しでも心が解放されたらと思っています。
プロフィールのサムネ画像は、妻が描いた僕の顔です。

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