あかねが暮らしていた町_おまけ旅2

Category : 旅ログ

高知の四万十の宿に宿泊した晩、翌日の予定を思案し、宿泊予約をしました。

宿泊場所は「小豆島」にしました。

瀬戸内海に浮かぶ島です。

理由は“なんとなく”です。
強いて言えば、いろんな意味で世間のせわしさと遮断される「島暮らし」に“なんとなく”憧れがあり、“島に渡ってみよう”と思った・・・という感じです。

小豆島へのフェリーは香川県の高松から出ています。
地図を見てもらえればおわかりいただけると思いますが、四万十から高松への道程はほぼ四国を対角線上に突っ切る感じです。
この時点で、旅の三日目は「移動日」に決定しました。


朝、前日に見たサーフビーチをもう一度眺めたあと、高松に向けて出発しました。

しばらくは前日に引き続いて、荒々しい波が打ち寄せる太平洋を横目に海岸線を走りました。

20120125_1.jpg

ですが、その道は次第に山あいの道へと変わり、その後は高速道路の入り口までほぼ海を見ることなく到着しました。
その高速道路にのって、あとは一気に香川県を目指す道程です。


高知といえば「坂本龍馬」、坂本龍馬といえば「桂浜」。
実際、桂浜に立ち寄ることも重々検討しました。

しかし、

「確か、中学生のとき家族旅行で親に連れて行ってもらったことがあるはず。」

という、理由でここは無理やり想いを断ち切りました。
(「あるはず」と書いているように、その旅行のときの桂浜の景色などは一切記憶に残っていませんが・・・)

・・・ところが、
陽のあるうちに小豆島までたどり着こうと考え、「時間優先」で車を走らせた結果、想定していたフェリーに乗り込むまで一時間あまり余裕のあることが、香川県に入った頃に判明。
「桂浜」をすっ飛ばした代償を、ここ香川県で取り戻さねば・・・という事態となりました。

思案のあげく、これも以前から一度は行ってみたかった「金比羅宮(こんぴらさん)」に寄り道することにしました。

僕はなぜか、みやげ物屋などがひしめく寺社仏閣に通じる参道の雰囲気が好きで、
何度かテレビで見たことのある「こんぴらさんの参道」は、数ある参道のなかでも屈指の“いい味をだしている参道”だと思っていました。

「こんぴら」には温泉もあり、あかねと毎年ゴールデンウィークに出かけていた旅行の候補地に何度かあがっていましたが、(ちょっと宿泊施設の料金がお高いため)これまで見送ってきました。



ご存知の方も多いと思いますが、こんぴらさんの名物は本宮まで続く長い石段です。

車をとめた駐車場のおねえさんも
「本宮まで行くなら、杖持っていったほうがいいよ。800段くらいあるから。」
とアドバイスしてくれました。

「杖をつきながら歩くのはちょっと・・・」
と、自分の体力に自惚れている僕は、無料で借りれる杖を断り、石段に向かいました。

20120125_1_2.jpg

参道の賑わいをうまく収めた写真は撮れてなかったのですが、おおむねイメージしていたとおり、参道の左右にはみやげ物屋が連なり、楽しい雰囲気でした。

20120125_4_2.jpg

20120125_4.jpg

もっとゆっくりひやかしながら階段を昇りたかったのですが、なにせ「空き時間」を利用しての参拝のため、あまりのんびりするわけにもいきません。
横目でみやげ物屋をちらちら見つつも急ぎ足で階段を昇りました。

前を行く人を次から次へと抜き去って、そして誰にも抜かれることなく、本宮までの道のりの約8割を踏破するまでは息がはずむ程度でわりあいと気持ちの余裕もありました。

が・・・ここからがキツかった。

残りの150段程度とくに最後の10段くらいは、自分の脳が発した「動け!足を上げろ!」という指示が、実際に石段を蹴る足になかなか届いてくれず、自分の足が他人の足のようでした。

20120125_3.jpg ←自分の自惚れを気付かせてくれた最後の石段

それでもどうにかこうにか本宮までたどり着き、眼下に広がる讃岐平野を一望すると、今度は足早に階段を下りました。
ぼちぼちここを立たないと、目指すフェリー便への搭乗が危うくなっていました。

駐車場まで戻ると、駐車場に隣接していたみやげ物屋の物色もそこそこに、車を出発させました。


スマホのナビの指示が的確で、僕の運転もそれに忠実だったらしく、無事高松に到着しギリギリでフェリーに乗り込みました。

こんぴらでは時折ちらほらと舞う程度だった雪が、高松港からフェリーが出るときにはかなり大粒になっていました。

20120125_5.jpg
↑遠のく高松港。わかりづらいかもしれませんがかなり雪が降っています。


その雪も船上にいるあいだに止んで、フェリーが小豆島に接岸する頃にはだいぶん西に傾いた太陽も顔を見せていました。

実は小豆島にはあかねと一緒に日帰りで来たことがあります。
まだ結婚する前のことです。
その時、島内の何処をどう回ったかも良く覚えていないほど昔のことです。
名勝といわれる「寒霞渓」にも行ったかどうか記憶にありません。
きっと思いつきで「行ってみようか?」くらいの無計画な日帰り旅行だったと思います。

今回はその記憶をたどることが目的ではありませんでした。
十数年前と同じように無計画でなんとなくたどり着いた小豆島ですが、
冒頭に書いたように、「島」での暮らしの空気感をすこしでも感じとれたら・・・。
と思っていました。


その日の宿のチェックインまで少し時間があったので、この日の締めくくりとしてもう一度海を眺めてみようと思い、港からさほど遠くない海辺に立ち寄りました。

そこは、引き潮になったときのみ沖の小島まで続く砂の道が現れて、その砂の道を二人で手をつないで歩くと幸せになるというふれ込みのスポットでした。

「エンジェルロード」(!!!)

と呼ばれているそうです。

およそ独り身の40男にはふさわしくない場所で、回れ右をして黙って立ち去ろうかとさえ思いましたが、たまたま僕が浜辺に立った時が引き潮時でエンジェルロードが姿を現していたので、せっかくだからと思いなおしてしばらく眺めていくことにしました。

そして、その時もエンジェルロードの上に一組の男女の姿がありました。


もし生前のあかねとふたりで来ていたら、あの二人のように僕らも手をつないで歩いただろうか?

仮にあかねが手をつなごうとしてもきっと僕はつきあわなかったと思います。
「いい年をして・・・」的な照れで拒んだと思います。

でも、その日その時、あかねが突然現れて、僕のそばに佇んでくれたなら、僕は無条件であかねの望むとおりにしたと思います。


20120125_6.jpg



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Author:むらさきせいじ
2011年春、妻をなくした40代です。
本当に本当にありふれた人間ですが、人生の半ばともいえる40代で世界中でいちばん大切な人を喪失したことはそれなりに特異なことだと思います。
そんな状況におかれた心情を綴っていくことで少しでも心が解放されたらと思っています。
プロフィールのサムネ画像は、妻が描いた僕の顔です。

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