月命日(6箇月目)

Category : 吐息とも吐かないつぶやき

すっかり週末の更新が精一杯になってしまいました。

先週行くつもりだった墓参りも、疲労に勝てず今日に先送りしていました。

墓地には昼の2時過ぎに到着しました。

空模様は鉛色で風はやや湿気を帯びていましたが、気温は高くなく、墓地の景色や空気は疑いようもなく“秋”でした。
先月来たときは、風が爽やかになりつつもまだしっかり夏の空気をはらんでいましたが、季節は完全にすり替わったようです。

そして秋はあかねが癌と対峙することになった季節でもあります。

以前にも書いたように、これから僕は、一年前からのまだ生々しい記憶との葛藤を繰り広げることになると思います。
そんな思いにおびえながらも、いつもより丹念に墓を清め、僕は墓参りの後に予定していた場所に車を走らせました。

病院です。

実は、あかねの父親が腰を悪くして現在入院しています。
来週には手術を受けます。

そのことを聞いてから一度も会いに行けてなかったので、今日墓参りとセットでお見舞いを予定していたのです。

病室に入るとお義父さんは一人でベッドに横になっていました。

入院するまでの経過をひとしきり僕に説明してくれました。
一時は寝付けないほどの痛みに襲われたそうですが、今は薬の効用があり落ち着いているようです。

ただ、落ち着いたら落ち着いたで、半年前まで同じように病院のベッドで病気と闘っていた娘へ想いが向くようで、いつもよりもあかねについて語ることが多かったように思えます。

あかねの痛みはこんなもんではなかったろう・・・。
漫画家を目指していたあかねを親として応援してやれなかったことが悔やまれる・・・。
あかねの小学校時代の恩師があかねの訃報を知り、先日たずねてきてくれた・・・。

などなど、、、、
何もすることがなく、ベッドの上で日がな横たわっているとどうしてもあかねのことを思い出してしまうのだと思います。
僕だって思考が仕事に占領されない休日がいちばんきついので、お義父さんにはシンパシーを抱きます。

退院したらうまいものを食いに行こうという話しで一段落着け、お義父さんの意向もあり、次に僕はお義母さんのいるあかねの実家に向かいました。

ちょうど到着は夕刻時でそのまま晩御飯をご馳走になり、食後のお茶をしながらお義母さんともやはりあかねの話をしました。

「おかあさんは、宝物を失くしてしまった。」

お義母さんは僕と話すときも自分のことを「おかあさん」と言います。
そして、そんなお義母さんがこぼしたその一言に僕の気持ちはたまらなくなるほど共振してしまいました。


やはり、この二人が僕といちばん近い人たちだ。


半年が過ぎた今も、お義父さんもお義母さんも、あかねを失くしてしまった哀しみを絶えずたずさえて日々を過ごしている、そんな当たり前のことを、改めて噛み締めました。


はたしてなぐさめになるかどうかわかりませんが、お義母さんにこのブログの存在を明かしました。
そして、あかねの実家のPCのデスクトップにこのブログへのショートカットを置きました。
自分以外の人間にこのブログのことを明かしたのは初めてです。

「あした読んでみよ。」

僕の帰り際、お義母さんはそう言っていました。

おかあさん、読んでもらってる?

これからも、このブログであかねのことをたくさん書いていきます。
おかあさんの知らないあかねのことも書けるかもしれません。
良かったらちょくちょくのぞいてみてください。
おとうさんが退院したら、おとうさんにも教えて二人で見てください。

では、また近いうちに行きます。



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コメント:

No title

むらさきさん、本当に素敵なむらさきさん。
そして素敵なお父さん。素敵なお母さん。
その3人が大好きなのは、間違いなく本当に魅力溢れるあかねさん。

そして近しい感情を抱いている、と思える方々がいらっしゃって、羨ましいです。

No title

むらさきさん、先日は一周忌を勘違いしていまい、大変失礼をいたしました。
五月さん同様に私も素敵でお優しいお気持ちのむらさきさん、そしてお義父様、お義母様もとても素敵で良いご関係で良いな~と感動しました。
私はずっと同居をしていまして、義母は3年前に他界をし、義父と未婚の義妹が一緒にいます。二人もとても淋しい想いをしています。が・・・・主人が健在な時分は上手くいっていた同居でした。亡くなって改めて主人がいたから上手くいっていたんだと日々痛感しています。主人の居ない今・・・色々と先ばかりを悩む私です。
主人も今の私を見て悩んでやいないかと逆に心配する私です。心配かけてはいけないのに。
私は度々墓参りに行って、一人ぶつぶつと声に出して呟いています。いっぱい話かけます。天気の良い日は仕事の昼休みに車を走らせ墓地へ。(会社から15分先ですから)
花がいっぱいの墓が安心・・というか明るい墓がいいですよね。誰かが来てくれている形跡があると私もすごく嬉しいです!主人の友人達の存在に私も救われる時がよくあります。
むらさきさん、また読ませてください。

Re: No title

5月さん

コメントありがとうございます。

ぼくたちの中心にいたのはあかねだった、ということが良くわかりました。

あかねがまんなかにいるのが、われわれの家族のあり方だったのです。

ちょっと前に月と太陽に僕たち夫婦を例えた記事を書きましたが、“まんなかの存在”であるという意味でもあかねは太陽だったと思います。

僕たちはあかねの周りを囲むように回る惑星でした。
いつもあかねに照らされていたのだと思います。

Re: No title

畑さん

コメントありがとうございます。

僕が結婚する際ちょっとだけ気にしていたのが、これまでまったくの他人だった“家”同士が“親戚”になるということでした。
つまり、新しい“絆”ができるかもしれないけど、新しい“しがらみ”も生まれるかもしれないという不安を漠然と抱いていたのです。

僕の実家の面子は母親は明るい性格なのですが、父親と何を隠そうこの僕がそういう付き合いごとを苦手としていて、はたして家ぐるみでの良好な関係を築くことができるのか?
・・・自分の性格をかえりみて自信なさげにそんなことを考えていたのです。

その心配の裏返しのように、僕は自分たちの披露宴の最後、新郎の挨拶で、「この結婚をきっかけに今日お越しいただいた皆さんにも新しい良いお付き合いが生まれますように・・・」的なことを言っています。

自分が付き合い下手なもので、そんな想いを抱いていたのですが、いざあかねとの新しい生活が始まると、そんなことは無用な心配だったことがわかりました。

あかねの両親は僕にとても良くしてくれましたし、僕の両親も父親は初めてできた娘にデレ×2気味だし、母親は姑としてしゃしゃり出ることなく、かといって距離を置くでもなくあかねと仲の良い関係を作ってくれました。両家の親同士も関係は良好のようで、僕の知らないところで互いの家を行き来したり、一緒に出掛けたりしていたようです。

でもそれも、やっぱりあかねがあかねだったからうまくいったのだと思います。
あかねのこと嫌いになる人なんて、絶対にいないと思います。
僕の妻があかねだったからこそ、両家はうまくいけたに違いありません。

僕はあかねのが逝った後の実の母親に、「僕は結婚相手として満点以上の人を選べた」とメールで送っています。
僕が唯一、100%以上の確信をもって自慢できることです。

No title

むらさきさん、素敵な感動的なお話を有難うございます。あかねさん、すごく幸せだったでしょうね!!
私も胸を張って主人と出逢えて良かったと言えます。子供達にもよく言います。娘には「お父さんみたいな男性と出逢って結婚してほしいな~」
息子には「お父さんみたいな人望のある、温かな大人になってほしいよ!」
とにかく私の選んだ、私を選んだ夫を自慢しまくっています。
今日もお風呂で息子に、夫との出逢いから結婚までの話をしました。
知らず知らずに何度も私は話をしてきているようで(汗)・・うんうん聞いたよその話(苦笑)って言われましたが。でもよく聞いてくれています。
・・・両家がうまくいくって本当に素敵なことです。他人同士歩み寄りが大切です。でも・・私は今とても辛いです。同居ってやはり・・大変です。うまくいっていたはずなのに・・・・。ごめんなさい愚痴ってしまいました。頑張ります。

Re: No title

畑さん

コメントありがとうございます。

今日は久方ぶりにその日のうちに仕事から解放され帰宅できたのでパソコンを立ち上げました。

お返しが遅れました。

僕たち夫婦は、どちらの親とも同居していませんでした。
ある程度の距離を保ち、それぞれの生活の領域を尊重することがうまくいっていた「秘訣」だったと思います。
毎日、顔を合わせて時を共有していれば、良いところばかりではなく悪いところも見えてしまいます。
ちょっとした距離感が、重箱の隅をつつくようなネガティブな目線にカーテンをかけていたのだと思います。

畑さんの今の心持は僕にははかり知ることはできませんが、僕の率直な考えを書きました。

もし、まったく的外れなことを言っているようであれば、読み流してください。

有難うございます。

むらさきさん、お疲れ様です!お忙しいようですね。
同居の件・・そのその通りだと思います。上手くやっていくために蓋を閉めた部分は多々とありました。
夫が支えでした。仲の悪い同居生活ではなかったのですが・・我慢はしてきました。週末はよく下の義父の所で食事もしていたのですが、今では全く。時々親戚などが来てくれた時はゆっくり下に座る事もありますが。
こんな気持ちになってしまって、夫に申し訳なくて申し訳なくて・・。
むらさきさん、お仕事お忙しそうですが、くれぐれもお体を大事になさってお過ごしくださいね!
私の夫もすごく仕事を頑張っていました。39歳でした。無理しすぎでした。私は毎日反省しています。

Re: 有難うございます。

畑さん

コメントありがとうございます。

忙しいですっ!
さらに3年ほど前なら、翌日には回復していた疲労感も43歳になった今ではしっかりと残っています。

こんな生活を見直すには今がいいタイミングかな?
とも思います。

そして、畑さんが反省されているように僕も心にどうしてもぬぐい切れない思いがあります。

それは、
僕のこんな生活にあかねをつきあわせてしまったことが、直接ではないにしろあかねの癌発症の原因になりはしなかったか?
ということです。

あかねは僕が強く言い聞かせない限り、どんなに遅くなろうが僕の帰りを起きて待っていました。
そんな不規則な生活が、あかねの免疫力を落とし、癌を引き起こさせてしまったのではないか?

それを確かめるすべはありませんが、きっと一生そのことについて僕は吹っ切れることはできないと思います。
先に身体を壊すべきは、僕でした。
僕に付き合ったあかねの身体のほうが先に悲鳴を上げてしまいました。

僕はあかねに甘えていました。
だから天国であかねに逢う日がきたら、僕はあかねの言うことを何でも聞いてやるつもりです。

No title

泣けます・・・。
私もあちらの世界に逝ったら、今度は夫の身体を気遣い優しくしてあげたい!!
私の体調はいつも心配してくれていたのに・・辛いです。
私が心配掛け過ぎたんだと後悔ばかりしてしまいます。
でも、元気で笑った私をみせないと、夫はまた心配します。
まだ、難しいです。いっぱい笑いたい・・夫と。

今日もお疲れさまでした。
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お知らせ
これまでにほんブログ村の「子宮がん」カテゴリに参加していましたが、思うところがあり、登録をはずさせていただきました。ご了承ください。
プロフィール

むらさきせいじ

Author:むらさきせいじ
2011年春、妻をなくした40代です。
本当に本当にありふれた人間ですが、人生の半ばともいえる40代で世界中でいちばん大切な人を喪失したことはそれなりに特異なことだと思います。
そんな状況におかれた心情を綴っていくことで少しでも心が解放されたらと思っています。
プロフィールのサムネ画像は、妻が描いた僕の顔です。

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