届かなかった葉書と送ってみたメール

Category : 吐息とも吐かないつぶやき

今週も引き続き、仕事に明け暮れ毎日深夜の帰宅でした。

そんな深夜の帰宅のある日、マンション一階の我が家のポストに一通の葉書が投函されていました。


あかね宛の引越し案内でした。


差出人は僕もかすかに面識のあるあかねの仕事の元同僚であり、友人です。

旦那さんの仕事の都合でどうやら海外に引っ越したようで、そのことを案内する葉書でした。


やっぱり、この人には伝わってなかったのか・・・・。


僕は、確かにあかねに近しいこの人の名前が、あかねの葬儀への参列者や弔電の中に見当たらなかったことは少し気になっていました。

あかねが旅立った日の朝(あかねは深夜2時27分にこの世から旅立ちました)、僕はできうる限りの人にあかねのことを偲んで欲しいと思い、思い当たるルートに連絡をしました。

かつてあかねが長く勤めた会社のある人にも連絡をして、その人を先頭に皆さんに伝えて欲しい、とお願いしました。

実は、僕はかつてこの会社に業者として出入りしていて、この会社であかねと出会いました。

そんな経緯もあって、何人かの方には面識があり、あかねの携帯には何人かの方の連絡先が登録されていました。

必要以上に複数の人に連絡すると混乱すると思い、連絡網の頭になってもらえそうな人だけに連絡し、訃報をまわしてもらえるように依頼しました。

でも、今回葉書を送ってくれた人は数年前に(多分)結婚とともに退社していて、その連絡網に引っ掛からなかったようでした。
結果、受け取り手がもういない葉書が我が家に送られてきたのでした。


この人は、まだあかねが天国に昇ったことを知らない・・・。


この人の中では、あかねはまだあたたかで呼吸をしている。


そう想像するとなんだか少しうらやましい気がしました。
僕もできたら、そんな夢を見てみたい。

そんな思いに駆られると同時に・・・。

「伝えるべきか?」

という迷いが生じました。


海外という遠いところに行った人に日本から訃報を伝えても、その人は日本にすっとんで帰ってきて墓参りをすることもできない。
かえってどうしようもない苛立ちを与えてしまうのでは?
と、思いました。

・・・かといって、彼女(その人は女性です)がいつ日本にいるかなんてまるでわからないし、伝えるべきベストのタイミングを測るのは僕には無理なことです。


悩んだあげく、僕はあかねの遺影に

「○○さんに知らせるけど、いいか?」

と一声掛けて、件の彼女宛てにメールを打ちました。


僕は多分一度しかお会いしていないと思うその人ですが、日ごろのあかねと彼女の手紙やメールのやり取りから、仲のいい友人であることは察しがつきました。

そんな彼女にはやはり知っていて欲しいと思いました。
仲の良かった彼女の想いも、あかねのもとに届いて欲しい、と考えたからです。

メールでは連絡が遅れたことのお詫びと、遠くからでもあかねのことを“想って”くれたらうれしい、というようなこと綴りました。


彼女は、メールを開いただろうか?
遠い、遠い地であかねの訃報を知ったとき、どんな心境になるだろうか?

いきおいに任せてメールしたものの、その後のことは気がかりです。



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コメント:

No title

はじめまして。
ふとネットで検索していたらこのブログに出会いました。
私はこの春43歳の夫を亡くしました。
朝起きたら私の隣で冷たくなっていました。
突然死だということでした。
11年前に結婚して、仕事仕事寝る暇もなかったのですが・・
結婚してから主人の事が日増しに愛しくなり、彼の奥さんだという事実だけでも自慢したい気分になるほど、幸せな新婚気分での11年でした。
旦那様でもあり、大親友でもあり、母親のような包容力があり、かけがえのない存在でした。
もし主人がいなくなったら生きていけないと思っていましたが・・。
毎日の空白はどう埋めればいいのでしょうね。
誰のために食事をつくればいいのか?
ひとりの生活で突然涙がとまらなくなります。
心配かけたくないので、だれにも本音はこぼせません。

突然しつれいしました。



Re: No title

pinocoさま

コメントありがとうございます。

旦那さんのこと、心よりお悔やみ申し上げます。

この春、というとあかねが旅立った季節と同じです。
pinocoさんも僕も、この数ヶ月似たような時間を過ごしてきたとだろうな、と思うと勝手にシンパシーを抱いてしまいます。

pinocoさんもおっしゃられているように、僕にとってのあかねも妻以上の存在だったと思います。
「妻」という限られたカテゴリーにおさまる存在ではなく、ただただ「あかね」というオリジナルな存在でした。

夫婦を10年以上もやっていると、本当に二人でひとつの人格というか、あかねがいることで僕という存在の意味があるというか、、、、うまくいえませんが、二人の別々の生い立ちを持っていた人間が日々の時間を共有することで次第にこなれていって、ついには「ひとつの存在」になっていた、という感覚です。

そして、その片方がいなくなってしまった僕たちのような人間が、前を向くのはとても大変なことだと思います。

あかねがいなくなった後、僕が直感的に思ったのは、
「落ちるところまで落ちないと、僕は決して未来を見ようとしないだろう」
ということです。

だから、僕は泣きたいときは泣きました(いまでも発作的に泣き出してしまいます)。
自分の気持ちの捌け口としてブログを立ち上げて、書きたいことを書き散らしました(こらからも自分の感情のおもむくままに書いてやります)。

所詮、僕の存在なんかこの広い世界ではちっぽけなものです。
ほんの半径30メートル以内にいる人たちにどんな風に思われようと、そんなもんささいなことです。

そう思うようになって、僕は僕が正しいと思うこと、自分に誠実に考え行動することに躊躇しないようになりました。

そして、ほんの少しだけですがこの先の自分のことを考えるようになりました。

こんな心理の移り変わりが、そのままpinocoさんに当てはまるとは思いませんが、大勢いるであろう僕たちのような人間のほんの一例として書いてみました。


pinocoさんのお名前の由来は、ブラック・ジャックの助手のピノコですか?
ブラック・ジャックはあかねが好きで全巻家にあります。

よろしければ、またこのブログに立ち寄ってみてください。
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お知らせ
これまでにほんブログ村の「子宮がん」カテゴリに参加していましたが、思うところがあり、登録をはずさせていただきました。ご了承ください。
プロフィール

むらさきせいじ

Author:むらさきせいじ
2011年春、妻をなくした40代です。
本当に本当にありふれた人間ですが、人生の半ばともいえる40代で世界中でいちばん大切な人を喪失したことはそれなりに特異なことだと思います。
そんな状況におかれた心情を綴っていくことで少しでも心が解放されたらと思っています。
プロフィールのサムネ画像は、妻が描いた僕の顔です。

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