敬老の日によせて

Category : 吐息とも吐かないつぶやき

19日は敬老の日でした。

5月には母の日、6月には父の日。

僕の両親、祖父母(祖父はすでに10年以上前に他界しています)は15年ほど前まで、自分の息子や孫からそんな日に特別の贈り物を贈られた記憶はあまりなかったと思います(学校行事等は別にして・・・)。

ところが十数年前から、彼らはそんな自分達が主役になる日に、感謝の気持ちを込めた贈り物を毎年受け取るようになりました。

それはあかねという、あたらしい家族ができたことがきっかけです。


そういった歳時記的なことにまったく疎い僕とは違い、あかねはそういった特別な日を大切にしていました。

あかねは父の日や母の日、敬老の日が近づくと何を贈ろうか頭を悩ませ、僕にも相談を持ちかけてきました。
僕は適当に相槌を打つだけで、いっさいをあかね任せにしていました。


でも今年からは、そんな感謝の気持ちを素直に伝えることができる彼女はいません。
残されたのは、何事にも少し斜に構えがちな中年男だけです。

あかねの不在は、彼らにとって、今年からは父の日、母の日、敬老の日は待ち遠しい日ではなく、ただの一日になってしまうことを意味していました。

さすがの僕も、それでは「面目ない」と思い立ち、あかねがこの世を旅立ってからまもなくの母の日・父の日、そして今月の敬老の日、実の父母、祖母、あかねの両親にそれぞれ贈り物をしました。

みんなそれぞれ感謝してくれました。
その度に、僕は

「これはあかねの気持ちが、僕にさせたことだ」

と説明してきました。

ただし、ただひとり僕の祖母にはそうした話はしていません。

僕の祖母は、以前にもこのブログで書いたように、今年の11月に100歳を迎えます。
そんな祖母に、僕の両親はあかねの訃報を伝えていません。
もちろん、超高齢の祖母に動揺を与えないためです。

そして僕も、祖母宛の贈り物の送り主名を、

「むらさきせいじ・あかね」

とあかねとの連名にしました。


すると今日、仕事から帰宅してポストをのぞくと、一枚の葉書が入っていました。
祖母からの礼状でした。


その一行目に書かれていたこと。

さすがに歳のせいで、筆は乱れなかなかに解読しにくいのですが、その言葉ははっきりと読み取れました。


「せいじ、あかねさん、あかねさんのご両親様もお元気でせうか」


あぁ、その後も僕の両親は伝えていないのだな。
と思いました。

そして、贈り主にあかねの名前を連ねておいてよかった。
と思いました。


祖母はまだ、僕とあかねが仲良く二人で暮らしていると思っているでしょう。
願わくば、そのまま孫の幸せに疑いを抱くことなく最期まで生をまっとうしてほしい、と思います。

でも、もし祖母があの世に行ったとき、もうすでに、あかねがそこにいたらびっくりするだろうな。

その時はあかね、うまいこと説明してくれよ。
あかねだったら、やさしくうちのばあさんに説明してくれるよな。

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Author:むらさきせいじ
2011年春、妻をなくした40代です。
本当に本当にありふれた人間ですが、人生の半ばともいえる40代で世界中でいちばん大切な人を喪失したことはそれなりに特異なことだと思います。
そんな状況におかれた心情を綴っていくことで少しでも心が解放されたらと思っています。
プロフィールのサムネ画像は、妻が描いた僕の顔です。

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