生ききる

Category : 新しい生活習慣

毎日新聞を開いて、必ず目線を落とすようになった記事があります。

「おくやみ」欄です。

亡くなった方の名前・住所・年齢が掲載されます。

あかねはこのおくやみ欄に掲載されました。
あかねの葬儀をお願いした葬儀屋さんに掲載の意向を訊ねられて、僕としてはそんなことはどうでもよかったことでしたが、お義父さんが
「じゃあ、載せてもらおう」
とつぶやいたので、特に反対する理由もなくあかねの死の報せは地元地方紙のおくやみ欄に掲載されました。


○○市 むらさきあかね 45(□□□町△△-△△)


名前と年齢と住所が記されていました。
その日のおくやみ欄に40歳代で載っていたのはあかねだけでした。

それ以来、なんとなく毎朝新聞を開くとおくやみ欄でページをめくる手をとめてしまいます。

80歳、90歳代でお亡くなりになる方が多いようですが、今のご時世、100歳を越える方の訃報も決して少なくありません。
実は僕の祖母もまだ健在で今年100歳の大台に乗ります。
今年の誕生日まで元気なら、市からのお祝いを受けることになります。

でも、そんな高齢まで生を貫かれた方々に混じって、あかねと同じように40歳、またはその前後の30歳代・50歳代の方の訃報もごくごくまれではありますが目にします。
しばらく前までは東日本大震災で亡くなられた方の訃報記事も毎日載っていましたが、その欄には本当に「年齢など生死の基準ではない」と言わんばかりにさまざまな年齢の方の訃報が伝えられていました。

80を越える方の死であれば、なんとなく寿命をまっとうされたのかな?
と思いますが、
その年代に到達される前に亡くなった方が載っていると、やはり心が揺れる思いがします。

思い残すことがたくさんあったのでは?
そして家族・親族の人たちはとても残念で悔しくて悲しい想いをしているのでは?
と想像してしまいます。


あかねは、自分の生がこんなにも早く終焉してしまうことに戸惑い、困惑し、無念に思い、悲しく思っただろうな、と僕は思っています。
そして、あかねのそんな想いは僕たち家族も同じです。

まだ、人生の半分といってさしつかえない45歳での人生の終わり。

きっとあかねは「生ききった」という想いは微塵もなく、死の波にさらわれたのだと思います。

臨終直後の表情は「穏やか」といっていい顔はしていましたが、でもすべてを納得して自分の運命を受け入れたとは思えません。
まだまだ自分の「生」を燃やし続けたかったに違いありません。

そう想いを馳せると、あかねのことが本当にかわいそうで、また気持ちが乱れます。

もちろん、年齢だけが基準ではないでしょう。
20歳代で
「オレはこの世でやりたいことをやり尽くした」
と満足して死の床につく人だっていないわけではないかも知れません。

でも、やはり人には、歳を重ねて初めて発見する人生の「楽しさ」や、若すぎて解らなかった「真実」や、永く生きたからこそ手に入れることができた「人間的な魅力」があるのではないかと思います。

だから、僕は50歳のあかねに、60歳のあかねに会いたかった。
あかねの魅力は20歳代、30歳代、40歳代を通じてなんら損なわれることはありませんでした。
こんなことを僕が言うのもなんですが、あかねは本当に可愛い45歳の女性でした。
きっと、これから先何十年先だって、僕のあかねに抱く印象はかわらなかったと思います。
可愛い50歳、可愛い60歳になれたはずです。
むしろ、歳をとるごとにその魅力は年齢とのギャップが拡がることでさらに際立ったかもしれません。

ジョン・レノンという人が歌う曲に「Grow Old With Me(グロウ・オールド・ウィズ・ミー)」という曲があります。
僕は10代のころこの曲を聴き、いたく感動しました。

「僕と一緒に歳をとってほしい。本当にいいことはこれからだ。」

というようなことが歌われています。

その数年後、僕はこの曲をさらにリアルに感じられる人と結婚することができ、
さらにその十数年後、その人が闘病を続ける病院へ行き来する車の中で何度となくこの曲を流して、前を向こうとしました。



話がそれてしまいましたが、、、

「私は生ききった」

と思える人は幸せなんだろうと思います。
また、その家族の方も悲しいだろうけど、家族の死を静かに受け入れることができるのかな、と思います。

でも、この世に想いを残して死に手を引っ張られてしまった人は無念さを抱きながら目を閉じ、残された家族は憐れみを永く背負っていくことになるのだろう、と思います。


ひるがえって、、、

僕は「生ききる」ことができるのかな?

と自分に問うとき、今の僕にはまったくその答えを導き出すことができません。

あかねの存在がこの僕たちの部屋になく、この世のどこを探してもない今、僕には思い残すことはないといえばそう思えます。
でも、「生ききった」かと言えば、それはまた違います。

「生ききる」という達成感とは異なる、「この世で期待するものはもう何もない」という虚無感に囚われた気持ちが、「思い残すことは何もない」という多少耳障りの良い言葉に隠れているだけです。

「生ききる」こと。

そもそも、どこまで辿り着けばそんな心境になれるのでしょうか?

そんなことをぼんやりと考えてはまたわけがわからなくなりながら、明日の朝もまた新聞のおくやみ欄に目を落とすのだろうと思います。


<今回の記事は、角川oneテーマ21の新書「生ききる」(瀬戸内寂聴さんと梅原猛さんの対談本)のタイトルに感化されて書きました。記事の内容と本の内容にとくに関連はありません。(たぶんないと思います。まだ読み始めたばかりなのでわかりません。)>

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コメント:

はじめまして…
あかねさんと同じ、もうすぐ45歳になる主婦です。むらさきさんのこのブログを拝見させていただき、本当に胸が熱くなりました。私も数年前に我が子を病気で亡くした経験があり余命宣告の辛さ、看とる時の悲しさや苦しさが思い出されます。あかねさんは、むらさきさんにこんなにも愛されてお幸せですね。
お盆がやってきました。あかねさんが帰って来られますね(^_^)
うちも娘を迎える準備で忙しくなりそうです。これからも更新される分を拝見させていただきます♪

みかりんさま:コメントありがとうございます。

みかりんさま

コメントありがとうございます。
大切な人を亡くすということがどういうことかを、この数ヶ月身に染みて感じています。
でも同時に、みかりんさまのように、おなじ境遇にある他人の心に想いを馳せることができるようになりました。
毎日見聞きする、人の生死にまつわるニュースには敏感になっています。
あかねが亡くなるほぼ一ヶ月前に起きたあの大地震と津波と原発事故のニュースを見るたびに、どれだけの人が胸を締めつけられているだろう、と想像してしまいます。

「残された者」として、懸命に生き抜こうとしている人がいっぱいいることも知りました。
僕もその一人として、折れそうな心を自分自身で支えていかなければと思います。

このブログも長く続けて生きたいと思います。
よろしかったらまたのぞいて見てください。
ありがとうございました。
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これまでにほんブログ村の「子宮がん」カテゴリに参加していましたが、思うところがあり、登録をはずさせていただきました。ご了承ください。
プロフィール

むらさきせいじ

Author:むらさきせいじ
2011年春、妻をなくした40代です。
本当に本当にありふれた人間ですが、人生の半ばともいえる40代で世界中でいちばん大切な人を喪失したことはそれなりに特異なことだと思います。
そんな状況におかれた心情を綴っていくことで少しでも心が解放されたらと思っています。
プロフィールのサムネ画像は、妻が描いた僕の顔です。

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