幸せを自覚すること

Category : 吐息とも吐かないつぶやき

今日、仕事上の取引先の人と雑談を交わしていたときのこと、

「ほんと何もいいことないよ、嫌なことしかないよ」

とその雑談相手の人は漏らしました。
僕たちが仕事している業界もご多分に漏れず閉塞間が漂っている業界です。
この人の漏らす言葉にも「無理ない」とは思ったものの・・・

・・・でも、僕は思わずその言葉に返しました。

「いや、奥さんも息子さんも元気で生きているだけで丸儲けじゃないですか」

「むらさきさんにそう言われると何も言えないけど・・・」

僕がそんな直球を投げたら、相手は引くだろうと承知の上で、それでも口から自然に出てきた言葉でした。

それは、生きていたら嫌なことはいっぱいあります。

この僕もあかねが今も僕の傍らに居てくれたら、同じような愚痴を毎日こぼしていたに違いありません。
嫌なことはあっても、それに余りある「あかねがそばに居てくれることの幸せ」をかえりみることなく・・・。

人は失ってからその大切さに気付く愚かな生き物です。
いやすべての人がそうではないでしょうから、「少なくとも僕は愚かな人間でした」と言い換えます。

でも、いま自分が手にしている「幸せ」に気付かず、日々を過ごしている人はきっと多いのではないかと思います。
だから、人は折りに触れて、自覚的に、自分の「幸せ」を噛みしめるべきだと思います。
そして、その「幸せ」をもたらしてくれる人に感謝を捧げるべきだと思います。

失ってしまってからでは、「ありがとう」の言葉を捧げるべき相手は目の前におらず、肉声の返事も聞こえません。
それでも、僕は届くと自分に言い聞かせて、語り掛けたいと思います。


「あかね、俺を選んでくれてありがとう。あかねのおかげで幸せでした。」

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むらさきせいじ

Author:むらさきせいじ
2011年春、妻をなくした40代です。
本当に本当にありふれた人間ですが、人生の半ばともいえる40代で世界中でいちばん大切な人を喪失したことはそれなりに特異なことだと思います。
そんな状況におかれた心情を綴っていくことで少しでも心が解放されたらと思っています。
プロフィールのサムネ画像は、妻が描いた僕の顔です。

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