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僕にはわからない

Category : 吐息とも吐かないつぶやき

昨日、月命日の墓参りを済ませたあと、
いつもどおり、あかねの実家で昼食を食べて、

僕は、「あること」について、
あかねの両親に話をしなければなりませんでした。


遡ること一箇月前、

僕は、あかねの両親からあるお願いをされました。

それは・・・

「むらさきせいじ」の姓を
僕のもとの姓に戻してほしい・・・
ということでした。

これまでに、書いたことがあるかどうか記憶にありませんが、
僕は、結婚と同時にあかねの実家の姓を名乗ることになりました。

あかねが一人っ娘の長女であることが理由です。
僕も長男ではありますが、弟がいますので、僕の両親も何の抵抗もなく同意してくれました。

よって、養子縁組こそしませんでしたが、僕は1996年11月以来、
「むらさきせいじ」として、生きてきました。

そして、僕が「むらさきせいじ」になる最大で唯一の理由だったひとがこの世から去ってからも、
当然のように、「むらさきせいじ」のままで過ごしてきました。


それがここに至って、
あかねの両親から、姓を戻してほしい・・・と言われました。

「あぁ、こういうのが“青天の霹靂”っていうんだ」

と思いつつも、そのわけを訊けば・・・


あかねの両親は、いわゆる「終活」を始めています。

あかねの母親は、親族の中では姪御さんととても仲が良く、
もし、あかねの両親の片方が亡くなった後は、その姪御さんに残った方の世話を頼みたい・・・とのことでした。

すでにその姪御さんには、その旨話をして、ある一点を除いては快諾してもらったようでした。

その「ある一点」が、

僕という存在でした。


「“むらさき”せいじ」

という存在がありながら、その存在を差し置いて自分が世話をかって出ることは、ほかの親族からのうがった視線を浴びはしないか?
・・・ということが、引っ掛かっているとのことでした。
つまり、「お金」目当てと勘繰られることを、危惧されておられるとのことでした。

そこで、
姪御さんの心配を取り払うため、
周囲に、僕という存在を、もう「むらさき家」とは関係のない人間とアピールするために、
姓を戻してほしい・・・と言うのが、あかねの両親の主張でした。
それも、ほかに選択肢はない!といったような強い主張でした。

僕は、その姪御さんの方のことは良く知っていて、旦那さんもとても良い人で、長男さんとはあまり会う機会はありませんでしたが、長女さんとは何度も会っていて、屈託のなさそうな人柄に好感を持っていて・・・
簡単に言えば、とても良いご家族として認識していました。


おそらく生真面目で、まっすぐなご性格であろう姪御さんのご心配は理解できますが、

そんな「くだらないしがらみ」のために、

“僕は、「むらさき」の名を棄てなければならないのか・・・?”

と思うと、ほんとうに暗澹たる、心の底からやるせない、何かを恨みたい気持ちになりました。



「むらさきせいじ」であることは、
僕の存在理由であり、
あかねと人生を、ある一時期ではあるにせよ、一緒に歩いた証明であり、
これからの人生を、ひとりだけで歩いていくために欠かせない「杖」のひとつです。

僕は、「むらさきせいじ」として死んで、
むらさきあかねと、また再会したい。

その想いを遮るようなことが起こるなんて・・・

まったく予想だにしていませんでした。



当然、その場で即答は出来ず、

「考えさせてほしい・・・」

とだけ言い残して、その日はあかねの実家を後にしました。


その後、

本当は、法律事務所なり区役所なりを訪ねて、いろいろと対策を相談したかったのですが、平日に休みを獲ることが出来ず、ネットでいろいろと調べてみました。

まず、
(これは多分そうだろうな、と思っていたのですが)「むらさき」姓ではあるものの、養子縁組をしていない僕は、法定相続人の枠外です。
そもそも、僕には自動的にあかねの両親の遺産を引き継ぐ権利はありません(それはそれでまったく僕的には問題ありません。そんなことを期待したこともありません)。
ですから、「僕を差し置いて」という話は根拠がありません。
それで説得材料として弱いのであれば、
「姻族関係終了届」
という制度があることを知りました。
これは、僕という存在はむらさき家の血族ではないけれど、いまだに親戚関係ではあります。
その関係は「姻族関係終了届」を差し出せば「絶つ」ことができる、とのことでした。
さらに、その届けを出したとしても、「復氏届け」という別の申請をしなければ、現状の姓を保持できるし、
結婚と同時に新しく作った僕とあかねの戸籍も守れるとのことでした。
姻族関係を消滅させることにはもちろん抵抗はありましたが、「書類上のことだけ」と割り切って、

「落としどころは、ここかな?」

そう結論付けて、
話は、昨日のあかねの両親と僕との話に戻ります。



自分なりに、調べたことをあかねの両親に話し、
これからも、「むらさきせいじ」で在りたいことを、率直に話しました。


すると、話は思わぬ展開に!

僕が、法定相続人には該当しないことは、あかねの両親は承知していて、
義母の姪御さんが心配されていることは事実ですが、
それはある意味隠れ蓑で、

あかねの両親の真意は、

このことを機会に、僕に、

「吹っ切ってほしい・・・」

というところにあるとのことでした。


普通に生きれば、あと何十年も残されている僕の人生。
それを、あかねの死に縛られることなく、歩いてほしい。

心のどこかに、あかねのことを収めていてさえくれるなら、

ぜひ僕には新しいパートナーを見つけてほしい。


だから、今回の復氏ことは半ば口実だった・・・とあかねの両親は語りました。


・・・反応の仕様がありませんでした。


素直に「ありがたいこと」とも受け取れなかった。


僕は、
この先もずっと寂しいだろうし、辛いかもしれないけど、
あかねのことをずっと大切に思い続けて、

死ぬときに、

「やっと、あかねに逢いにいける・・・」

と喜びに満ち足りながら死にたい、
と願っています。

それが、僕の最良の人生だと考えています。

「かたくな」だと言われても、それが僕の両足両手に力を生きていく力をみなぎらせてくれることに間違いありません。



だから、
僕は、
ほかの誰か、を探すことはありません。



昨日、僕がなんとか、あかねの両親にたどたどしく伝えたことは

「こんなことになったけど、いまだにあかねのことを想い続けられる自分は幸せ」

ということだけでした。


うまく伝えられたとは思いません。


あかねの両親は言います。

僕が「残りの人生を、前向きに楽しく過ごしてくれることが、我々の願い。あかねもそう思っているはず。」


前向きとか、楽しくとか・・・一般的とされる生きていくためのエナジーではないかもしれないけれど、
僕は僕なりの生きていくための、根拠を抱いています。

「歪んでいるのかな?健全でないのかな?あかねはどう思っているんだろう?」



僕は、よくわからなくなってしまいました。


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コメント:

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はじめまして

配偶者を見送り、1年と少し経ちました。
年齢もほぼ同じくらいです。

この年齢になると、親も割と高齢で
何をするにも大変になってきます。

御墓参りをされてから、
奥様のご両親と食事をされる…

迷惑ではないでしょうが、
奥様のご両親にとって、負担では
ないのでしょうか…

ずっと、当時の悲しみに縛ることに
ならないでしょうか…

この先、既に終活を始めた義両親と
どう関わっていかれるのでしょう…

そして、ご自分が見送られる時は
どなたにお願いされるのでしょう…

義両親は、もう自分達の最期も考えたいし
正直、もしもの時は、血縁者に
頼りたいのが本音だと思います。

同じ死別経験をしたひとりとして
お気持ちは察しますが、
少し自分本位に感じます。

一通りの手続きも存じておりますが、
もとの姓に戻したとしても
例えば、御墓参りとか
奥様に今出来ることが、出来なくなるとは
限りません。

何年経っても、悲しみも、淋しさも
後悔も消えないかもしれません。

ただ、ふと思うのです。
この年齢になったら、
自分のことばかりではないのではと。

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10月21日に秘信をくださった方へ


はじめまして

コメントありがとうございます。

何が正しくて、
何が誤っているのか、

今回の件、

きっと責められるべきひとはいない・・・と思いました。

皆が、愛すべきひとのために、

「これしかない」

と考えて、考えて、

打って出た行動や言動なんだと思います。

それが、いつのときも、
「唯一」の答えを導き出すとは限りません。

そのひとには、
そのひとの立場なりの、
そのひとの正義や誠実があって、

みんな、あのひとのためにいちばん良いこと、と信じているのだけど、

食い違ってしまうこともあるのだな・・・。

そう思いました。

でも、答えが違っていても、

答えを導き出すための燃料が、「愛情」であったと思いたいです。

10月22日に秘信をくださった方へ

こんばんは
コメントありがとうございます。

おっしゃるとおりだと思います。

でも、今の僕の本望はあかねの両親が考えるところとは別のところにあることも、確かです。

僕には、それがいちばんの望みであることを、丁寧に話し、
僕が、哀しみや寂しさを抱きながらも、

「こう、生きたいんだ!」

ということを理解してもらえるように、
ステレオタイプの「幸せ」ではないかもしれないけど、

「これが僕の望みなんだ!」

ということを、受け入れてもらって、
とにかく、心配をかけないようにしたいと思います。

Re: はじめまして

なるさん

はじめまして
コメントありがとうございます。

結婚する時、
婚姻届を出した区役所で、
免許証の名義変更をした警察署で、


「むらさきさん」


と受付のカウンターから呼ばれたときの、くすぐったいような、
気持ち。

いまでも覚えています。

職場でも、それ以外の場所でも、

「むらさきさん」

と呼ばれることは、あかねと僕をいまだに繋いでいる証のひとつとして、遺しておきたいな・・・。
と望んでいます。


ご指摘のこと。

あかねの両親に負担を強いているのではないか?

僕が浅はかだったのか、そういう視点は一切抱いていませんでした。

僕にはわかりません。
でも、あかねの両親にとって、僕の存在や行動が、哀しみの呪縛になっているかもしれない・・・ということは、これからの付き合いの上で、配慮していきたいとは思います。


本文記事の中では触れていませんが、
結果的には、今後も今までどおり、
僕は「むらさきせいじ」であり続けます。

あかねの両親の本意は、
記事本文で書いたように、
「これを機に・・・」
ということであり、母親の姪御さんの心配事は、
僕が復氏するしないは別にして、払拭することはできるとのことでした。


ご忠告ありがとうございました。

あかねの両親を、一露の心配事もなく、あかねのもとに送ること。
それは僕がしなければならないことです。
心に留めておきます

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10月23日に秘信をくださった方へ

お久しぶりです。
コメントありがとうございました。

そうなんです。
根本はそこなんです。

「僕は、今でも、これからも、
 ずっと、あかねと夫婦でいたい」

僕の、すべての判断基準は、ここにあるのだと思います。

10月24日に秘信をくださった方へ

コメントありがとうございます。

先回いただいたコメント、
なんの問題もありませんよ。

No problem
T'en fais pas
Keine Sorge
無問題
별 탈이 없다
Sin ningún problema

日本の文化圏の外でお暮らしとのことでしたので、世界の主要言語を調べて並べてみました。

お住まいの文化圏の言葉はありましたでしょうか?

付け焼刃で調べてみたので、もし間違いがあったらスミマセン。


「やっぱり僕は、今でも、これからも、あかねの夫であり、あかねと夫婦でいたい」

というのが、今の僕の唯一の願いです。

僕には、この願いがいちばんの支えです。

このことを、あかねの両親に、受け入れてもらえるように、
僕は、
たとえ独りでも、
しっかりと生きている様を、ふたりに見せていかなければ・・・

と思っています。

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10月25日に秘信をくださった方へ

コメントありがとうございます

あかねの父親は、
あかねが亡くなった直後すでに、

僕に対して
「申し訳ない」
と言っていました。

謝られる理由はひとつもないのに・・・。

あかねと生活を共にしていた僕の方こそ、
取り返しがつかない事態になるまで、あかねの体の変調に気付いてやることが出来ず、
申し訳がありませんでした。

それから、あかねの両親はこんなことも言っていました。

「これからは、自分の望むように生きてほしい。
 我々は、それに何も口を挟まない。」

この言葉の真意は、
今思えば、
「再婚したってかまわないよ」
「新しい人と新しい幸せを探してくれてもいいよ」
というところにあったように思います。

でも、「自分の望む」ことはそうではない・・・
・・・ということをこの4年半で僕は確信しました。

それは何度もこのブログで書いたので割愛します。


あかねの両親が描く、僕の幸せ。
僕が信じる、僕の願い。

この違いが今回の一件の根っこだと思います。

僕は、僕の願う道を、今歩いている・・・そのことを、あかねの両親に解ってもらえるように努めていきたいと思います。
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これまでにほんブログ村の「子宮がん」カテゴリに参加していましたが、思うところがあり、登録をはずさせていただきました。ご了承ください。
プロフィール

むらさきせいじ

Author:むらさきせいじ
2011年春、妻をなくした40代です。
本当に本当にありふれた人間ですが、人生の半ばともいえる40代で世界中でいちばん大切な人を喪失したことはそれなりに特異なことだと思います。
そんな状況におかれた心情を綴っていくことで少しでも心が解放されたらと思っています。
プロフィールのサムネ画像は、妻が描いた僕の顔です。

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