すべては夢のような、あるいは嘘のような。

Category : 吐息とも吐かないつぶやき

あかねに出逢ったこと。
結婚したこと。
最初の頃は、つまらない喧嘩もしたけど、
そのうちおたがいに譲り合って、
いつの頃からか、

「ふたりでひとつ」

の存在になれたこと。

あの日から、丸三年が近づいてきて、
すべては夢のようなことに思えてしまう。

あるいは・・・
「嘘」のような。

もう、あかねが傍らにいないことや、
声が聞こえないことや、
ふたりで一緒に暮らした部屋ではない部屋で、ひとりで、日々を営んでいること。
いつ見ても、遺影の彼女の表情が「同じ」こと。

それが、「今の、現実」。
・・・ということを、受け入れることにも戸惑う。


僕は、ほんとうにあかねと幸福な日々を送っていたのか?
彼女を喪って絶望に陥ったのか?
なら、何で生きていられるのか?
過去のことが遠のいていくような感覚が、
とても哀しい。

永く生きていけばいくほど、様々な記憶が積み重ねられて、
過去の記憶を霞ませていく。

あかねの声の高さや、髪の毛の手触りや、手をまわしたときの彼女の肩の柔らかさが、
僕の記憶にもとづいた「再生」ではなく、
時が経つにつれ、
なにか無理やりに「自分で作っている」ものに思えてしまって、
「ほんとうの彼女」を自分は感じられているのか?
と、確信が揺らいでいることにうろたえてしまう。


この季節は、ほんとうにダメな自分です。


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コメント:

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2月11日に秘信をくださった方へ

コメントありがとうございます。

ありがとうございます。
ありがとうございます。

忘れるわけないです。

こんなことを書くと、お気を悪くされるかもしれませんが、
具合が良くないのかも?
と、気になっていました。

そして、今日、お言葉を読むことができて、
「ほっ」として、嬉しくて、あかねに笑顔を見せることができました。
「久しぶりにコメントをもらえたよ」
と、報告しました。
もう、ほんとうに嬉しいです。
それ以外、言葉がありません。

僕は、あかねを「過去」にするつもりは、さらさらありません。
いつも、今も、これからも、

「唯一の存在」

として、僕の胸にいつまでも生きてもらいます。


毎日寒いですね。
どうか、あたたかさを宿すあなたさまが、たくさんの「温もり」に包まれて、永い永い人生を送られますように。

真剣に願っています。

2月12日と14日に拍手コメント(秘信)をくださった方へ

Rさん

拍手コメントありがとうございました。
秘信の拍手コメントには直接返信できないので、こちらのコメントフォームから返信させていただきます。


「また、だれかを愛せるか?」
と問われたら・・・

それは、
「できる」
と答えます。

けれど、それはあかねを愛することとは、
やはり、違います。

あるひとを尊敬したり、ひととして好ましく思ったりすることは、いつでも(いまでも)できますが、
「ふたりでひとつの存在」
という確信と満ち足りた気持ちを得ることができるか?
といえば、今の僕にはちょっとイメージできません。

でも、Rさんには再び幸せな出逢いがあったんですね。

Rさんご自身も葛藤を抱えながらのことかと思いますが、
おそらくは、お相手の方もすべてを引き受けてRさんを受け入れる覚悟をなさっているんだと思います。
身内でもなく親しい友人でもない僕が、滅多なことはいえませんが、お相手の方がそんな方なら、きっとRさんにもう一度幸せを届けてくれるような気がします。


“いつかはだれでも愛の謎が解けて、ひとりきりじゃいられなくなる”

僕が好きなある曲の一節です。

僕にもそんな日が来るのか来ないのか?
・・・は、わかりませんが、今のところ「あかねにもう一度逢うこと」が今のところ僕自身のもっとも切実な「願い」です。
死ぬその瞬間まで抱いていたい「祈り」です。
こんな「願い」や「祈り」を宿し続けることができるのも、「幸せ」のひとつのカタチだと思っています。

コメントで、いろいろとお気遣いいただきありがとうございます。
なんとか日々を積み重ねられています。
これも、このブログに訪れてくれる方や、コトバを残してくださる方がいてくれるからです。
これからも、(たとえみっともないことを書くことがあっても)続けていこうと想います。


《追伸》
“あれ”とは、「2月11日に秘信をくださった方へ」と題した僕のコメントのことでしょうか?
・・・だとしたらすみません。
違う方へのお返事です。
でも、お言葉を寄せてくださる方には、すべて感謝しています。
あらためて、ありがとうございました。

No title

むらさき様

こんばんは。
今日もまたおじゃましています。

きのうで彼を見送ってから5箇月たちました。
ここには、私の哀しみより、少し先を流れる哀しみの時間の流れがありました。
読ませていただきながら、そんなことができるようになるのかなとか、
ああ、同じだとか、涙を流しながら読んでいます。

彼を失ってから、いろいろな本を読みました。
彼が遠くに逝っていない理由を探して。
魂はいつもそばにあるはずだ、きっと私の思いは届いているはずだ。

でも、どんなに読んでも彼がいなくなった事実は変わらないし、
私はひとりなんです。
これから続く一人の時間を、どうやって生きて行けばいいのか。
あるいは、生きなくてもいいのではないか。
そんなことを考えています。

今、死んでいいよと言われたなら、
喜んで死んでいくと思います。

彼は、さっきまで元気だったのに、
帰ったら一緒に夕飯を食べようと言って出かけたのに、
突然心臓が止まって亡くなってしまいました。
さようならも言えませんでした。

さようならを言っていないんだから、また逢えるんだと思っています。

支離滅裂ですみません。

これからも、むらさきさんのあかねさんへの想いと私の思いを、
かさねさせてください。

いつもありがとうございます。


Re: No title

☆さん

こんばんは。
コメントありがとうございます。

現在45歳の僕は、
どんな50歳になって、
どんな60歳になるのか、
まったく想像がつきません。

一日一日が手探りです。

未来を、
計画的に描くなんて、
もはやできません。

一日一日を今日から昨日へ押しやって、
未来を過去にすることで精一杯です。

ただ、未来を自ら縮めてしまうことだけは、
「よそう」
と思っています。

あかねがやりたかったこと。
成し遂げたかったこと。
僕がその代わりをできるかどうかはわかりませんが、
少なくとも、
彼女の両親と僕の両親だけは、僕が見送らなければ・・・
と思っています。

それを果たしたら、あかねはまた逢ってくれると思います。
僕はその役目をやり遂げたら、もう未練はありません。
その次の日にでも、迎えに来てほしい。


>さようならを言っていないんだから、また逢えるんだと思っています。

きっとそうですよ。
いつか、☆さんがお相手の方に、
「おかえり」
と声を掛けて、
また、続きを「始める」ことができると思います。

あかねと僕にも「続き」があることを信じています。


こんな更新頻度の低いブログをたずねてくださってありがとうございます。

☆さんに共鳴していただけるかどうかわかりませんが、これからも素直に誠実に書いていきたいと思います。
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これまでにほんブログ村の「子宮がん」カテゴリに参加していましたが、思うところがあり、登録をはずさせていただきました。ご了承ください。
プロフィール

むらさきせいじ

Author:むらさきせいじ
2011年春、妻をなくした40代です。
本当に本当にありふれた人間ですが、人生の半ばともいえる40代で世界中でいちばん大切な人を喪失したことはそれなりに特異なことだと思います。
そんな状況におかれた心情を綴っていくことで少しでも心が解放されたらと思っています。
プロフィールのサムネ画像は、妻が描いた僕の顔です。

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