そのボタンを押す時

Category : 吐息とも吐かないつぶやき

そのボタンとは、

火葬場の点火ボタンです。

このブログを訪れてくれる方々の中には、
そのボタンを押された方もいらっしゃるのではないでしょうか。


僕はそのボタンを押しました。

押す時、
あかねの両親には、
静かに、
声をかけたと想いますが、
なんと声をかけたか覚えていません。

覚えているのは、

僕には何の躊躇もなかったということです。

僕は、あかねの身体の悪いところを、
ぜんぶ焼いて、
あかねを楽にしてやりたかった。

その想いにとらわれれていました。

ほんとに、
何の躊躇もなかった。

火葬場のひとが、
「お気持ちが決まられたら、押してください」
みたいな言葉をかけてくれましたが、

間髪入れずににボタンを押した、
と、思います。

僕は、
一刻も早く、
あかねを楽にしてやりたかった。

「悪いところも全部焼いてもらえー」

僕は火葬の前、
あかねの遺体に向かって、呪文のようにつぶやいていました。


あかねは、煙と同じくらい、
その身体を軽くしてくれただろうか?

おもしをはずしてフワフワと、
気持ちよく身体を浮かして、
清らかな世界へ昇っていっただろうか?


天に昇るには少し重すぎた、
あかねの骨を骨壷に収めて、

僕は、
魂の抜けたはずの、
あかねが遺してくれた、
白い形見を、
帰りのタクシーの中で抱きしめて、

あかねを抱きしめるのは
いつ以来だろう?

と考えると、
泣けて、泣けて、
しょうがありませんでした。


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コメント:

せいじさんこんにちは。
私が妻の火葬に立ち会った時は、遺族に対してボタンを押すかどうか聞かれることはありませんでした。

月日が経つにつれ、妻との思い出が鮮明に蘇ってきます。楽しかったことも辛かったことも。その重みに押しつぶされそうです。
この想いを抱えたまま、どこまで生きて行けばいいんでしょうかね。

Re: タイトルなし

マボさん

こんばんわ。
コメントありがとうございます。


大切なひとの記憶は、どこまでも哀しく苦しいもんですね。

その一方で、どこまでも愛おしく、僕にとっては財産でもあります。

愛しさと感謝と、そしてどうしてももう一度逢いたい気持ち。

そんな財産を僕は死ぬまで守りたい、と思います。


都合よく哀しみや苦しみだけを取り払うことなんでできません。
それならば、哀しみや苦しみを「込み」でまるごと彼女のことを忘れないでいたい。

忘れること。

それができれば、楽なのかもしれませんが、
それだけは絶対に拒みます。

哀しんで、苦しんで、
それに負けないくらい
慈しんで、愛して・・・

彼女を僕の胸のうちで生かし続けていきたい。
すべては彼女のため、
もう一度彼女に逢うため、
です。

なんだか偉そうなもの言いになってしまいました。
でもこれはむしろ、折れそうな自分に言い聞かせていることでもあります。

No title

はじめまして。

そのボタン・・・私も押しました。
身内の死が初めてだったので、遺族がボタンを押さないといけないという事実をつきつけられ、一瞬「え?」と・・。
でも、誰かが押さないといけないわけで・・とてもつらかったけど、私が押します・・と言ったら、当時中2だった息子が「俺も一緒に押す」と言いました。
その時の彼の気持ちがどんな気持ちだったのか、大人の私でも辛いのに・・今でも思い出すと泣けてきます。

奥様とうちの夫は同じ病気のようです。
亡くなって来月で8年になります。

夫が心配するから、遺された私のことがきっと心配だろうから・・
だから、私は毎日笑って楽しく生きてます。夫の分まで。。

Re: No title

おけいさん

はじめまして。
コメントありがとうございます。

とっても頼もしい、優しい息子さんだと思います。

あかねと僕の間には子供がいなかったので、
想像するしかありませんが、
旦那さんの遺伝子を受け継ぐ息子さんが、
とても魅力的な人になることは、
空から眺めている旦那さんにとって、
とっても嬉しいことだと思います。

そして、おけいさんが、
人生を楽しんでおられること。

きっと、旦那さん、
微笑まれていると思います。

僕も、その境地に辿りつけるようになりたいと思います。

No title

ご無沙汰しております。

せいじさんのブログ、みなさんのコメントを見てふと思ったのですが、点火ボタンは遺族が押すものだったのでしょうか?

といいますか、妻の葬儀の時だれがボタンを押したかすら覚えていません。

そもそもボタンがあったのかな?

現実を受け止めたくなくて覚えていないのかもしれませんが、今となっては一部始終思い出すことができなくて残念に思えます。

すっかり記憶が飛んでいる中で一番覚えているのが、お骨を骨壺におさめている時にどうしようもない気持ちになったことです。

*最新のブログの記事を読みましたが、私は既婚?等聞かれたことがまだありませんが、もし聞かれたら、「残念ながら独り身で・・・」と言いそうです。

妻が素晴らしい人間だったと言いたい一方、想い出を人に伝えるのがきついような気がします。

想い出は自分の心の中でかみしめていたいというのが正直な気持ちかもしれません。

Re: No title

さはらさん

お久し振りです。
コメントありがとうございます。
承認とコメントが遅くなり申し訳ありません。

大勢のひとに、あかねのことを知って欲しい…。
と望んでいる一方で、
あかねが僕にとってどんなにかけがえのない人間で、
彼女を喪ったことがどんなに哀しくて絶望的なことか…
本当にわかるのは自分しかいない。

僕の中にも、希望と諦めが共存しています。
「諦め」というのはふさわしくないですね。
「達観」?「悟り」?
うーん違う。

うまく言葉に出来ませんが、
自分だけにしかわかり得ないものを、
壊れないようにそっと、
消え失せてしまわないようにしっかりと、
いつまでも抱き続けていきたい、
と思っています。
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これまでにほんブログ村の「子宮がん」カテゴリに参加していましたが、思うところがあり、登録をはずさせていただきました。ご了承ください。
プロフィール

むらさきせいじ

Author:むらさきせいじ
2011年春、妻をなくした40代です。
本当に本当にありふれた人間ですが、人生の半ばともいえる40代で世界中でいちばん大切な人を喪失したことはそれなりに特異なことだと思います。
そんな状況におかれた心情を綴っていくことで少しでも心が解放されたらと思っています。
プロフィールのサムネ画像は、妻が描いた僕の顔です。

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