月命日(27箇月目)・・・晴れのち、、、

Category : 吐息とも吐かないつぶやき

本当に久しぶりの「晴れ」でした。

暑さを避けて、午前中の早い時間に墓地を訪れましたが、
墓石周りの草抜きをしていると、すぐにTシャツに汗染みが浮いてくるような晴天でした。

でも周囲には木々が立ち並び、木陰に入ると空気はひんやりとしていて、
雨に降られるよりは数段気持ちの良い墓参りでした。


墓参りの後、
生前あかねが実家で使っていた部屋の遺品整理をしたい、
とあかねの両親が言うので、手伝いであかねの部屋に入りました。

あかねの実家に寄るたびに、
何をするでもなく入っていた部屋ですが、

今日その部屋で、初めて目にする写真がありました。

写真立てに収まった写真に写っているのは三人。
あかねの母親、僕、あかねの三人が、あかねの実家の居間で横並びで座っています。

あかねとあかねの母親はVサインをしています。
真ん中に座る僕の目の前のテーブルには缶ビールが2本並んでいて、僕は少し血色のいい顔色をしています。

そしてその写真の右下隅に刻印された日付は、

2011・01・01

あかねが亡くなる年の元日でした。


僕の手元に残る、
闘病中のあかねを写した写真は、
2枚だけです。

いずれも子宮、卵巣の全摘出手術が成功して間もなくの写真です。
うち一枚は、術後初めて水分を摂れるようになって、嬉しそうな笑みとともにミネラルウォーターを飲んでいる写真です。
もう一枚は、あかねが病院のベッドのうえから携帯で僕を写そうとしている姿を、逆に僕が写した写真です。

約半年間のあかねの闘病生活で、あかねが写っている写真は僕にとってはその2枚だけでした。
イコール、それがあかねを撮った最期の写真と思っていました。

ですが、その写真を撮ってから約1箇月半後のあかねがそこには写っていました。
時期的には抗癌剤治療を受けていた時期です。

抗癌剤の副作用も恐れていたほどではなく(結果的に抗癌剤は癌細胞の抑制にも効いていなかったのですが)、
日々の生活にも大きな支障はなく、僕自身はあかねの状態の好転をまったく疑ってなかった頃です。

しかし、今日目にした写真には、その当時の僕の印象や記憶とはまったく違ったあかねが写っていました。


はっきりと、大病を抱えた病人の顔でした。


副作用が少なかったとは言え、頭髪は抜けていたのでニット帽をかぶり、下瞼には濃い隈のようなしみが滲んでいます。
あかねの笑みもゆるゆるとしていて、元気だった頃のはじけるようなそれとは違います。


俺はあかねの何を見ていたんだろう・・・。


あかねのとなりでアルコールで顔を染め、楽天的な顔をしている自分の、
あまりの馬鹿さ加減が情けなく、深い自責の念を覚えました。


俺はもっともっと、あの頃のあかねを労わってやらなければならなかった・・・。



償いたい。

償わせてほしい。

もう一度、あかねのためになんでもいいからさせてほしい。


今、どんなにそう願っても、僕はあかねに何ひとつしてやれない。


できるのは、
ただただ、あかねにもう一度逢えることをやみくもに信じ、
あかねがもう一度僕を迎えてくれるような生き方をして、
その時をひたすらに待つのみ、です。

あかねは病気の苦しみに耐えた。

だから僕も、
今を生きることに耐えないといけない。

あかねに愛想を尽かされたくない。


この先も幾度となく自分の罪深さを思い知ることがあるかもしれません。
でも、そこから目を背けたら僕はきっとお終いです。

罪深さを認め、
罪をあがないたい、と願うこと。

それは間違いなく、僕を生かしている拠りどころのひとつだからです。



お義母さんによると、この写真こそが、本当にあかねの最期の写真のようです。


もう一度逢えたら、

あかね、

もっといい写真撮ろうな。
撮らせてくれよな。



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コメント:

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7月27日に秘信をくださった方へ

7月27日に秘信をくださった方へ

いやぁー 
びっくりしました。

ほんとにあかねがメールくれたのかと思いました。

あかねなら、ほんとにこんなことを僕に語りかけてくれるかもしれません。


任せとけ!
俺は、
あかねに逢うために、
なんでもする。

でも、
お義父さんや
お義母さんの
面倒を見ている、
という感覚はないよ。

むしろ、哀しみを分かち合うことで救われているんだよ。


あかねの言霊を、
聞かせてくれて、
ありがとうございます。

ちょっと泣きました。


ブログも少しだけ、読ませていただきました。

すみません。

あの頃のことを想い出してしまって、
あまり読み進めることができませんでした。

でも、

あなたのような、
太陽のような、
ひまわりのような、
グッド・センス・オブ・ユーモアを持った、
そんな方には、
優しいひとたちが、自然と集まってくるのだな。
と、そんな風に想いました。

そんなひとには、
幸がもたらされて欲しい、
と願います。

ほんとに心からそう願います。

ありがとうございました。
これからも、お身体をご自愛ください。

あなたを愛するたくさんの方々のために。
そして、あなたご自身のために。

もう一度、
くどいですが、

ありがとうございました。
救われます。

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7月30日に秘信をくださった方へ

7月30日に秘信をくださった方へ

コメントありがとうございます。

温かい人と、温かい周囲の人たち。

みんなみんな幸せに、穏やかな日々を送って欲しい。

そうあることが、
正しいあり方だと思います。

でも、この世界は決してそうであるとは限らない。

だから、
今、あかねが住んでいる世界が、
僕がこの身体を脱ぎ捨てて逝きたい世界が、
そんな正しい世界であることを願っています。

いただいたコメントへのお返事としては、ピントがずれているかも知れませんが、
そんなことを想いました。

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Re: No title

8月17日に秘信をくださった方へ

こんな更新頻度の低いブログに、とてもご丁寧なコメントありがとうございます。

奥様のこと深くお悔やみ申し上げます。

僕は、奥様やあかねのような愛すべきひとが、短い人生しか与えられなかったことに
憤りを感じます。

悔しくてたまりません。


彼女たちが本当に天命を成し遂げたから、
天に召されれたというなら、

この世は、人として欠陥のある人間ばかりが永生きしてしまうことになります。

愛情や優しさや、人として豊潤な魅力に溢れた人こそ、
永く永く生きて、安らかな最期を迎えるべきです。

決してそうではない現実。

この世は、
神は、
間違いを犯している。


僕はこんな、どうしようもない世界にあまり永く付き合いたくはない。

優しい人が、
その優しさゆえに、
優しさと幸せに包まれる世界で、
もう一度、あかねと暮らしたい。

自分のことばかり書いてしまいました。
お許しください。

お子様の手前、なかなかそうもいかないとは思いますが、
どうぞ、ご自分の哀しみを、解き放ってください。


“来世でも一緒になろう”

深く繋がりあえたふたりにしか誓い合えない契りだと思います。

僕もそう願っています。

僕らは、それを誇らしく感じていいんだと思います。
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お知らせ
これまでにほんブログ村の「子宮がん」カテゴリに参加していましたが、思うところがあり、登録をはずさせていただきました。ご了承ください。
プロフィール

むらさきせいじ

Author:むらさきせいじ
2011年春、妻をなくした40代です。
本当に本当にありふれた人間ですが、人生の半ばともいえる40代で世界中でいちばん大切な人を喪失したことはそれなりに特異なことだと思います。
そんな状況におかれた心情を綴っていくことで少しでも心が解放されたらと思っています。
プロフィールのサムネ画像は、妻が描いた僕の顔です。

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