今年も来た。

Category : 吐息とも吐かないつぶやき

今日は春を思わせる暖かい一日でした。

そして、昨年とまったく同じ感覚に陥りました


あかねが、自分の命をつなごうと必死に闘っていた日々が鮮明に蘇りました。

空気が刺すような冷たさから、包むような暖かさに変わる頃、あかねは必死に闘っていました。

僕は彼女の傍でうろたえるだけでした。


癌細胞が引き起こす痛みと、僕には想像しきれない恐怖に、彼女は耐えていました。

僕には何もできませんでした。

彼女の痛みを和らげてあげることも、彼女の心の訴えを聞いてあげることも・・・

本当に無力でした。


本来なら、暖かくなるほどに心が浮き立つこれからの季節。
僕は4月19日に向けて、切なさを増していくと思います。

でも、それでいい。
そうでなければいけない。

彼女の死に、深い哀しみと、取り返しようのない後悔を、
いつまでもいつまでも生々しく抱き続けることが、
僕が僕自身に望む"在り方"です。

僕にとって、こんなにも心を切なくさせるのは、世界中でただひとり。

むらさきあかね、だけです。

その証を、一生をかけて立て続けます。


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コメント:

せいじさんは立派です。

はじめましてうどんすきと申します。

昨年夫をなくしたばかりのものです。
夫は急死でしたが、死後わかったことがわくさんありました。複数の専門医からそれぞれの病名を告げられていたり、入院を勧められていたり、紹介状をかかれたりしていたのに、家族には隠していました。

しんどそうなのはわかっていたのです。ですが、夫はうつでしたし、ひどい不眠症などを抱えてもいたので、てっきりそれだとばかり思ってました。

それもあんまりひどそうなので息子が大学進学を取りやめて働くと言ったこともありました。「このままじゃお父さんが死んじゃう」って。

でも、そのときは夫も私もまさか死ぬようなことはないだろうとたかをくくっていたし、最悪会社をやめて転職さえすれば何とかなると思っていたのです。

いかんせんアラフォーの夫ですから、再就職の不安もあり、長年続けてきた仕事へのプライドや想いもあり。。。中々転職は言いださなかったわけです。

そうこうしているうちにある日突然倒れて救急車で運ばれ、数時間のうちに亡くなってしまいました。

せいじさんのブログもあかねさんのブログも拝見させてもらいました。

神様はあかねさんが良い人だから早くに呼び寄せてしまったのでしょうか?本当に残念に思います。
ひょっとしたら私の夫もあんまり辛抱強いから早く楽にさせてあげようとでも思われたのかもしれませんね。。。

私はいくつか持病を抱えており、夫には近年心配ばかりかけていました。
子どもたちの受験や私の健康面など、心配ごとばかりの中で自分のことは棚上げにしていたのでしょうね。これ以上余計ない心配を掛けないようにしていたのでしょうね。

夫には本当に申し訳ないことばかりで。。。

せいじさんは最後まであかねさんを支えて、心配も掛けずにいたのですから私みたいなものよりよほど良い旦那様です。

すみません、途中から泣いてしまって支離滅裂ですね。。
言いたかったのはせいじさんは立派な旦那様ですということです。





Re: せいじさんは立派です。

うどんすきさん

はじめまして。
コメントありがとうございます。

旦那様のことお悔やみいたします。

旦那様はとても責任感が強く、ご家族思いの方だったように推察いたします。
そんな方だからこそ、ご家族のことを優先し、ご自分のことは後回しにされてしまったのでしょうか・・・。

あかねの口癖のひとつは

「あたしならだいじょうぶ」

でした。

僕が仕事で毎晩帰宅が遅く、会社から先に寝ておくように電話をしても必ずそんな答えが返ってきて、深夜の帰宅にも関わらずいつも晩飯が用意されていました。

うどんすきさんの旦那様やあかねのように、
自己犠牲をいとわない、自分よりも他者に優しいひとが、あまりにも短い人生しか与えられなかったことに、
憤りを抑えることができません。

この世界は断じて不公平で不条理です。

もし神様にもこの不公平で不条理な世界を正すことができないのなら、
せめて、別の世界で再び愛しい人と逢うことを叶えて欲しい、と思います。
心からそう願うし、その望みが叶うことを信じています。

耐えて耐えて生き抜いた末の「報い」、
を信じて生きていくこと。

僕にとってそれ以外の「生き方」はありません。

僕のほうこそ支離滅裂なお返事になってしまいました。

持病を抱えておられるとのこと。
寒さが厳しい季節です。
ご自愛のほどお祈り申し上げます。

No title

実は夫も私も霊魂とか死後の世界というものには懐疑的でした。

まさかこんなに早くに未亡人になるとは想像もしていませんでしたが。。。
でももし死後の世界があるとしたら、夫は一人ぼっちで私たちが来るのをひたすら待つなんて耐えられないはず。夫にとっての家族とは、子が生まれたころから今は亡くなった両親や姉(こちらは存命ですが)ではなく、私たちになっていましたから。私たち家族は相性も良かったから、夫はものすごく寂しいに違いありません。

浮気の一つも出来るようなタイプなら心配もいりませんが、家族が一番のマイホームパパの典型みたいな人でしたので。。。

死後の世界では夫は健康を取り戻しているでしょうから、それは雰囲気の良い渓谷で、思いがけず死後の世界に来てしまったいたいけな子どもたちを募って大好きなキャンプをしていると良いなぁ~と思います。炭を炊いてお肉や新鮮なシーフードを焼いて「熱いから気いつけなあかんで!」などと甲斐甲斐しくお世話できていたら、私たちがそばにいない寂しさも随分と紛れるでしょうから。

死後の世界がそういう感じであったら良いなぁ~と心底思います。



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Re: No title

うどんすきさん

コメントありがとうございます。

> 実は夫も私も霊魂とか死後の世界というものには懐疑的でした。

↑僕だってそんなもの信じたことも、それ以前に発想したこともありませんでしたよ。
先回のコメント返信で安易に「神様」という言葉を使ってしまいましたが、神秘的・宗教的なことには関心がなく、
それは今も変わりないように思います。
スピリチャル系文化人の話に耳を傾けることもありません。

僕にはただ、あかねはどこか別の世界に住んでいて、きっとまた逢えるはず。

というやみくもな妄信があるだけです。

どうも書いていることが矛盾しているようですが、世間で語られる紋切り型なスピリチャルな世界ではなく、あかねと僕の間だけで契った、

「いつかまた逢えるはず。」

という確信。

あぁー・・・書けば書くほど自ら矛盾の深みにはまっていくようですが、いつの頃からか、僕にはそれが自分の人生の終焉であり到達点として刷り込まれてしまったようです。

もちろん、他人が聞けば一笑に付すような話です。
でも、これを支えにせずにこの先残された膨大な時間を潰していくことは出来そうにありません。
どう思われても構いません。
この想いが僕のなかでリアルであり続ければ、僕は生きていけます。

2月4日に秘信をくださった方へ

2月4日に秘信をくださった方へ

コメントありがとうございます。

「大切なひとを亡くした者は、誰もがつらく哀しい季節を持っているんだろうな」

頂いたコメント読んで、そんなことを思いました。

その当時は、その季節独特の空気や、空の色を一切気にも留めませんでしたが、
自分の五感がその感覚をしっかり覚えていて、
時が巡って、再びその季節の空気に包まれた時、深い哀しみが鮮烈に蘇ってくる。

僕の場合は、冬の終わりから桜が散り始める頃がその季節にあたります。
あかねの母親も、桜の季節がつらい・・・と言っていました。

たまたまですが、しだいに世界が色めき立つ季節なので、そんな季節の移ろいと感情が逆行するようで、なかなかにハードではあります。
僕も先日の春のような日、こんな日にあかねとふたりでどこかに出掛けることが出来たらどんなにいいだろう・・・
と夢想しては、それが叶うことのない現実に呼び戻され、しおれる羽目になりました。

でも、記事本文で言葉を変えて同じようなことを何度か書きましたが、僕は特にこの季節に襲われるつらい気持ちをいつまでも忘れないでいたい。
この切ない気持ちをいつまでも失くさないでいたい。

つらい、哀しい、
この痛みを伴うけれど、あかねに対する生々しい感情を失いたくない、と望んでいます。

コメントをくださったあなたと同じです。

誰がどう思おうと別にどうでもいいです。
そんなのにかまってられるほど、やわな想いではない。

そう吹っ切っています。

No title

わかります、わかります。

私もただただ夫に会いたいですもの。
懐疑的と言いながら、仏壇に手を合わせてますもの。ろうそくに火を灯し、お線香をあげるたびに、夫に話しかけていますもの。何となく送信しかできないメールをしている気分です。でも、本当に馬鹿馬鹿しい話ですが、夫は読んでくれている気がします。

息子には「お母さん、わかるけどさぁ~、百箇日も過ぎたことだしそろそろさぁ~。」って言われますが、「配偶者との死別はストレス度100%なの。時間がかかるのよ~。」って流しています。

人っておもしろいですよね。でも矛盾だらけなのが人間だって証なのかもしれませんよね。

Re: No title

うどんすきさんへ

コメントありがとうございます。

ことあかねのことに関しては、理屈や常識ではありません。
直感です。

辿りつきたい場所はひとつだけ。

あかねのためなら、あかねに逢うためなら・・・
「こうすべきだろう」
という、僕の直感や感性のおもむくままに生きます。

たとえ矛盾をはらんでいても、世間体が悪くても、僕はそうします。

No title

ほんと、むらさきさんはエラいです。
へたれずに前を向いて生きてる。
いつか最後の時、あかねさんが両手を拡げて迎えてくれるような生き方をしたい、と書かれてましたよね。
わたしはむらさきさんより、はるか後方で、なかなか進まない歩をミリ単位で進めているような足踏みしているような状況です。
でも、うらんもパパが「待ってたよ」と言ってくれるように、最期を迎えたいです。鬱病からも脱出したい。

Re: No title

うらんさん

コメントありがとうございます。
返信おそくなりました。


僕は偉くはないですよ。
今でこそ、少しはメンタル的な安定を取り戻しましたが、今の仕事に就くまでは、
自分という人間、自分のこの先の人生に価値を見出すことは出来ませんでした。

今の仕事に就くまで・・・
と書きましたが、もっと正確に言うと、
「新しい生活パターンや新しい人間関係を得て、以前とは違う外界ともう一度つながるまで」
です。

新しい仕事を覚えたり、新しい職場の人との人間関係を築くために、
嫌でも自分から行動する必要に迫られ、それを何とか実践するうちに、
少しずつ自分を前へ押し出すことが出来たような気がします。

でも、業界・職種ともにこれまでとはまったく違う仕事に転職できたのは、やはり運が良かったのだと思います。
「のるかそるか」でした。で、結果として何とかそしてとりあえず「のっかれた」だけです。

一方、収入は激減しました。
生活を変えるにあたって、減収になることには最初から目をつぶっていました。
(この年齢ですから、性質の同じ職種のキャリアアップ以外、収入の維持はありえませんから)
減収に目をつぶっても、僕はやはりそれまでの生活を改めたかったし、そうしないと何も変えられない。
と考えていました。
自分が想定していた以上の減収ですが、それならそれで生活のサイズを収入に合わせるまでです。
現在、住居費の大幅削減のため引越しを検討し、物件を物色中です。
ガス代節約のため、食事の洗い物はゴム手袋をして冷水で洗っています。
保険も見直して、職場には弁当を作って持参しています。
古着屋によく通うようになりました。
この「ちまちま」した生活を極めようとする努力もそれはまたそれで面白くもあります。

あくまで僕の場合ですが、
強引に周囲を一変させて、それに引きずられるように自分も少しずつ変わりつつある。
というイメージです。
ただ残念ながら、この先まだ永い人生が待っています。
今現在は生活の変化の名残が色濃く、そのせわしさとともに自分の変化を「実感」として感じることができていても、
この生活が落ち着き、日々に静寂が戻ってくると、また自分のメンタルにどんなことが起こるのか?は少し怖くもあります。

よく自分で思うのですが、こんなに長いコメント返信はあまり見たことがありません。
いつも"簡潔に"と思って書き始めるのですが、結果はこの通りです。
長々と書いてしまってすみません。
ご参考にならなければ、忘れてください。

※僕の母親も以前、鬱病を一時患ったことがあります。
その時は、それまでかかっていた病院を変えたらその途端に快方に向かい、今では以前と変わらない母親です。
運が良かったといえばそれまでですが、病院を変える行動を起こさなければ得ることの出来なかった「幸運」でした。

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2月9日に秘信をくださった方へ

2月9日に秘信をくださった方へ

はじめまして。
コメントありがとうございます。
コメントフォームにて返信させていただきました。
ご了承ください。


本当にありがとうございます。

それ以外、ちょっと言葉がありません。

あかねが一緒に歩いてくれていた頃、僕は人生について深遠な想いを馳せたことなんてありません。
漠然と、ただ漠然と生きていました。
あかねがそばにいてくれる、それがどんなに尊いことかに気付かず、
「今」がどんなに幸せなことかに気付かず、
ただただ現状に甘えていました。
あかねに甘えていました。

でも今、僕には唯一にして絶対に辿りつきたい人生の終着点があります。

自分の人生の終わり=あかねとの再会です。

これは絶対に叶えたい。

叶えたいと思っても叶うものかどうか?
なんて疑念はありません。
これは僕が果たさなければならないことです。

あかねとたくさんの話をしたい。
あかねが病気で苦しんでいる時、何もしてやれなかったことを詫びたい。
それから、ひとりで過ごした日々が、どれだけキツかったかを懇々と話してやります。
そして、この世でやり残した「ふたり」の未来を、「ふたり」で思い描きたい。

そのために、今生きています。
あかねと同じ高みに昇るために、生きています。

胸にひそめられていたことをお話しいただいて、「ありがとうございました」というのは変ですが、大事な「想い」を受け取った気がして、真摯に読ませていただきました。

長文なら僕も負けません。
コメント返信としてはありえない長さを書いてしまうこともしばしばです。
(冒頭に"ちょっと言葉がない"なんて書いときながら、結局はこの長さです)

こんな更新頻度が極度に低いブログを見つけてくださってありがとうございました。
これからもよろしければ、44歳にしては青すぎる、時に大人の冷静さを欠いた男の拙い文章を読んでやってください。
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お知らせ
これまでにほんブログ村の「子宮がん」カテゴリに参加していましたが、思うところがあり、登録をはずさせていただきました。ご了承ください。
プロフィール

むらさきせいじ

Author:むらさきせいじ
2011年春、妻をなくした40代です。
本当に本当にありふれた人間ですが、人生の半ばともいえる40代で世界中でいちばん大切な人を喪失したことはそれなりに特異なことだと思います。
そんな状況におかれた心情を綴っていくことで少しでも心が解放されたらと思っています。
プロフィールのサムネ画像は、妻が描いた僕の顔です。

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