月命日(19箇月目)・・・届かない手

Category : 吐息とも吐かないつぶやき

今の仕事の良いとこのひとつ
は、休日がシフト制でウィークデイに休めることです。

したがって、毎月19日が何曜日であろうと事前に調整しておけば、月命日当日に墓参りを遂げることができます。

と言うことで、今日休みを取って墓参りに行って来ました。


今回は僕の両親が出てくることができず、あかねの両親と三人での墓参りでした。

寒さも手伝ってか、墓地の急坂を登り降りするあかねの両親の足元は不安定で、下り坂では二人手に手を取り合ってそろそろと歩を進めていました。


あかねは手をつなぐことが好きで、二人で歩く時、よく僕の左手を捕まえようとしました。

でも僕は僕で、40を過ぎた夫婦が人前で手をつなぐことが恥ずかしく、しばしばあかねの右手から逃れようとしました。

けれど、今は素直こうに思います。

40を過ぎても、夫婦が人前で何の照れもてらいもなく手を取り合えることが、どんなに素晴らしいことか。

考えてみれば、人生のうちで手をつなぐ相手なんて、それも求めてつなぐ相手なんて数えるくらいしかいないように思います。
そして、なんの躊躇もなく自然に手を取り合える相手がいることは、幸せのひとつの指標でもあるように思えます。


あかねの小さな右手の感覚はまだ僕の左手に残っています(・・・と信じています)。

一緒に行ったスーパーで、ゴールデンウィークに行った旅先で、
入院中のあかねが、帰宅する僕を見送るために二人で歩いた夜の病院の廊下で、
あかねの快方を祈願しに行った近くの神社の2年前初詣で・・・

左手に掴んだあかねの右手の大きさ、肌の感触をイメージすることができます。


そして、あかねと最後に手をつないだ時の記憶・・・

それは、鎮痛剤を投与され意識がなく、いくら握りしめても握り返してこなかったあかねの手、です。
あんなに僕の手を捕まえようとしてくれたあかねの手が、手を離してもピクリとも追っかけてきませんでした。
離したあかねの手は、力なくベッドのシーツに沈むだけでした。

今これを書きながら、ほんとに記憶がリアルに蘇ってきて、たまらない気持ちになりました。


あかね、手をつなぐことを恥ずかしがって拒んだ俺を許してくれ。
いつか、いつか、また二人で手をつないで歩かせて欲しい。

今は僕が、手を伸ばしても届かないあかねの右手を追い求めています。

20020815.jpg
10年前に撮影していたあかねの手。こんなにも早く届くこと
のない手になるなんて思ってもみなかった。


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コメント:

No title

こんばんは。半年前にコメントを入れさせていただいた者です。
その後、ご自身に合ったお仕事に就かれたとのこと、おめでとうございます。

奥様から好んで手をつながれてきたとのエピソード、他界した私の妻も同様でした。
買い物をするときも、観光をするときも、彼女から自然と手を握ってきました。
はじめは気恥ずかしく、彼女だけが私の掌をつかんでいる状態でしたが、次第に私も握りかえすことができるようになりました。
彼女の掌は冷たいことが多く、一回り大きい私の掌で温めてあげたものです。
今となっては、もっともっと、自分から彼女の掌を求め、握ってあげればよかったと思います。
この「もっともっと…してあげればよかった」という感覚は、仕方のないことですが、ときどき発作的に襲ってきますね。
同じく、せいじさんが一つ前の記事に書かれたように、生活の中に大切な人のリアルな痕跡を発見してしまったときは、やはり動揺を隠せない自分がいます。
私の場合、直近は、彼女宛に届いた運転免許更新ハガキでした。
5年前の前回更新ハガキは記憶にないため、おそらくフルタイム勤務でなかった彼女がポストから出し、サクっと手続きしてきたのでしょう。
今回、主を失ったハガキは、誕生月である今月末の期限切れを静かに待つのみです。その後は二度と、送られてこなくなります。そう考えると、何か言いようのない寂しさを覚えました。
去年の大掃除、私もパスしてしまった口です。
面倒くさがり屋の性格も手伝い、今年もプチ掃除に止めてしまいそうです(^^;

No title

全く同じ気持ちを私自身持っています。普段の日常、陽子線治療で訪れた岡山、あらゆるシーンで。
かつてのチャーミーグリーンのCM(年配の夫婦が手を繋いで歩く様)が自分の理想だと20代の頃から認識していたにも関わらず、それを伝える事すらしなかった様に思います。

話は変わりますが、自分も再就職決まりました。妥協せずに真剣に追い求めたらほんの1ヶ月で理想と思える会社に出逢う事が出来ました。

 今現在守るべき人間がいない自分、その企業において命を賭して全力で邁進し後進に何かを残せたら、アイツの所に行く資格が出来るのかなと朧げながら考えています。

Re: No title

ピノキ夫さん

コメントありがとうございます。
お返し遅くなりました。

「手をつなぐ」ことと「心をつなぐ」ことが同義に語れる相手がいた(残念ながら過去形)。
それだけで、僕の人生は価値があります。

その相手として存在してくれた妻には、本当に感謝します。

その感謝の意をどうしても正面きって伝えたい。
記事に限らず、コメントに限らず、本当に何度も何度も書きますが、僕は彼女との再会を信じています。もしくは懇願しています。
その時に彼女に伝えたい言葉を日々募らせています。

年末の大掃除・・・
よくよく考えれば年末は大晦日しか休みがありませんでした。
来年は引越しも考えているので、ひょっとしたら僕こそ口先だけで終わりそうな気配です。

よろしかったらまたお立ち寄りください。


Re: No title

MON吉さんへ

コメントありがとうございます。
お返し遅くなりました。

あれっ?
MON吉さんは以前転職されて、その転職先で在職中と思い込んでいましたが、僕の思い違いだったでしょうか?
いずれにせよ、理想とされる職場に巡り合われたようで良かったですね。

>  今現在守るべき人間がいない自分、その企業において命を賭して全力で邁進し後進に何かを残せたら、アイツの所に行く資格が出来るのかなと朧げながら考えています。

仕事で実績を残すもいいし、人に優しくあり続けることでも良いし、妻の両親との付き合いをこれまでのように続けて彼女のそばに旅立つまでしっかり見届けることでも良いし、料理が上手になることでも良いし・・・彼女が知らなかった新しい自分になって、お土産話をたくさん作る。
そうしたら、彼女がその話を聞きたくて呼んでくれるような気がします。

良い意味で彼女が知らない自分になりたい。
そう思います。

お互い、再会を果たせるような自分になりたいですね。
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お知らせ
これまでにほんブログ村の「子宮がん」カテゴリに参加していましたが、思うところがあり、登録をはずさせていただきました。ご了承ください。
プロフィール

むらさきせいじ

Author:むらさきせいじ
2011年春、妻をなくした40代です。
本当に本当にありふれた人間ですが、人生の半ばともいえる40代で世界中でいちばん大切な人を喪失したことはそれなりに特異なことだと思います。
そんな状況におかれた心情を綴っていくことで少しでも心が解放されたらと思っています。
プロフィールのサムネ画像は、妻が描いた僕の顔です。

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