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月命日(18箇月目)

Category : 吐息とも吐かないつぶやき

両親4人とともに月命日の墓参りをしました。


2、3日前に実家に寄る機会があって、実はその時すでに違和感を覚えていたのですが、今日僕の父親に会って、改めて感じました。

今年2月に判明した病気が進んでいるのでは?

病気がわかって以降、薬による治療を続け、小康状態を保っているという認識でいたので、少なからずショックを受けました。

日頃は母親が病状について目配せしてはいるのですが、病気が進めば母親にもさらに負荷がかかってきます。

昨日、中学卒業と同時に実家を出た、と記事に書いたばかりですが、

「実家に戻る?」

という考えが今日は頭をよぎりました。

求職中ということもあって、思いつきで即実行に移す踏ん切りはつきませんが、真剣に検討する段階には来ているようです。


今日の墓参りでは、出発前にあかねの父親も足に痛みを覚えて、一時は墓参りを見送ろうか・・・という話も出ていました。
(結局は痛みをおして墓参りは果たしましたが・・・)

月命日の墓参りが毎月の決まりごとになって一年半、親達は徐々に、でも確実に身体に抱えた問題を重くしていきます。

「つくづく、生きていくことって辛い」
と考えずにいられませんでした。

生きていくことの重苦しい現実に直面して、正直に白状すれば、いささか打ちひしがれてしまいました。

読んでくださった方には申し訳ありません。
こんな下向きの内容で。

今日はこんなところで、おしまいにしておきます。


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コメント:

私も本日二回目の月命日にお墓参りに行ってきました。

お父様の病状については、人間歳には勝てないですから、言い方は悪いですからある程度は仕方ないかもしれません。

私の父親も頭の中に腫瘍ができ片耳が聴こえなくなりました。

私としては、歳も歳ですからそれはやむを得ないと思っていますが、やはり妻の早すぎる死はまだ受け入れられません。

私の命を助けてもらい、高度救命救急センター長に「献身的に私を支えていた」と言わしめた彼女がなぜ私より先に亡くならければならなかったのか?

多分私は今後の人生ずっと自問しながら生きていくのだと思います。

No title

実は私の母も嫁が亡くなった半年後、くも膜下出血で倒れました。たまたま病院関係者と会席中の事でしたので処置も早く、奇跡的に今では後遺症もなく元気にしております。 
約1年前に父親も骨折するという事故それに伴う衰弱で、一時は家族が皆覚悟をする状態でした。こちらも何故か急に好転し現在は痴呆はあるものの、比較的健康な状態で過ごしているようです。
どちらも嫁が救ってくれたと感謝する事しきりです。

以前、私信にも書きましたが実家が関西、私は関東という事で当時は行き来が精神的にも肉体的にも大変でした。
『実家に戻らなくていいのか』という自問自答は常にありました。
そこで、私が現在どういう考えかというと『いざという時は、どちらも歳だし天寿だろう』です。

今住んでいる所は元々、気に入って関西から移住してきた様なものです。
ここで嫁と色んな想い出を作り、地獄を味わい、その後色んな出会いが有り、様々な人から様々な思いを頂き、何とか『喜び』を見い出せるまで導いて貰った土地です。 
自分にとっては、完全に故郷です。

何だか、自分の心情の吐露ばかりで申し訳ないです。
自分が至った結論としては、少し冷たいようですが『親は充分生きた、自分のこれからの人生を第一に考えて生きて行こう』です。

勿論、親の容態、親の周囲の状況によっては再考する事はあるかもしれませんが。

Re: タイトルなし

さはらさん

コメントありがとうございます。

父親のことは、病気にかかってしまったことはもうどうしようもないのですが、その父親を支える母親のことがむしろ心配で、どういう形をとるかはこれから検討するとして、僕としては母親の負担を軽くすることをこれからの行動指針にしようと考えています。

年老いていずれは朽ち果ててしまうことは誰しも避けられませんが、身内に対しては、できることなら穏やかに終焉を迎えてほしいと思います。

誰よりも大切な人が、癌との闘いに苦しんだ末、報われることなくあまりにも早く喪ってしまった理不尽さを目の当たりにしたことで、余計にそう思うのかもしれません。

「運命だった」だという人もいます。
「この世での役目を終えたから召された」と諭す人もいます。

そんなわけ無いだろう・・・。

あかねはもっともっと生きて、自分自身の人生を楽しみたかったはずだし、その資格も有り余るほどに持った人間だったし、また周囲の人たちを楽しませ、幸せにもできたはずです。

だから僕も、あかねの死を「悟ったり」することは絶対できないと思っています。

Re: No title

MON吉さん

コメントありがとうございます。

やはりこの歳になると同じような問題を抱えてくるものなんですね。
(もちろん早過ぎる伴侶との死は、別の話ですが・・・)

天寿をまっとうした人の死は、周囲の人たちの心痛も緩和してくれるものだと思います。
理不尽で悲しみ極まりない別れを体験した者としては、親達にはぜひそうした最期を迎えてほしいと思います。
僕としてはそのために、子として手助けできることはしていきたいと考えています。


>『自分のこれからの人生を第一に考えて生きて行こう』

というMON吉さんのお言葉はとても示唆的です。

職を変えて、日常を変えようとしていることの根底に流れているのは、こうした発想であることに間違いありません。

今はそれをなかなか実現できなくてもがいていますが、これも産みの苦しみと言い聞かせて、くじけず取り組みたいと思っています。
ありがとうございました。
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これまでにほんブログ村の「子宮がん」カテゴリに参加していましたが、思うところがあり、登録をはずさせていただきました。ご了承ください。
プロフィール

むらさきせいじ

Author:むらさきせいじ
2011年春、妻をなくした40代です。
本当に本当にありふれた人間ですが、人生の半ばともいえる40代で世界中でいちばん大切な人を喪失したことはそれなりに特異なことだと思います。
そんな状況におかれた心情を綴っていくことで少しでも心が解放されたらと思っています。
プロフィールのサムネ画像は、妻が描いた僕の顔です。

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