両親に望むこと

Category : 吐息とも吐かないつぶやき

しばらくぶりの更新です。


先月のあかねの一周忌以来顔を見せてなかったので、久しぶりに僕の実家に寄り両親に会いました。

僕は中学を卒業し、高校では寮生活をするため実家を出ました。
それ以来、ほんの短い一時期を除いて、ずっと両親とは離れて暮らしてきました。
実家で生活した年月と実家を離れて生活した年月では、もうずいぶん前から後者のほうが長くなっています。

両親はお互い同学年で70が目前です。
結婚して45年です。

45年という時間は、決してそこに到達することのできない僕にとっては、無条件に羨ましいものです。

もちろん、親ではあっても夫婦間の深いところまではうかがい知れないし、親世代の結婚というものは、僕ら世代では想像しきれない因習やしきたりめいたものがあり、窮屈な側面もあったと思います。
僕の実家は田舎のことですから、なおさらであったろうと思います。

特に母親は、舅も姑もいる家に嫁として入って、気苦労が多かったはずです。
(さらに付け加えておくと、姑=僕の祖母は100歳を越えてなお健在です)

それでも今日まで築いてきた45年という時間には、「尊さ」を感じずにはいられません。



父親は多分に亭主関白な性分です。
母親は今日も「今でも時々怒られる」とこぼしていました。

その話を聞いて・・・

「お互いいたわりあってくれよ。」

普段、決してこういうことを口にする自分ではありませんが、今日はふとそんな言葉を二人にかけました。

それまで二人でどんな時間を過ごしてきていようと、
残された者は、先立たれた者に対して「後悔」の念を覚えます。
どれほど尽くしたと思っていても、大切にしてきたと思っていても、
「あの時ああしてやっていれば・・・」
「あの時あんなことを言わなければよかった・・・」
という、悔いは必ず残ります。

これは経験者として、もう絶対の自信を持って断言できます。

将来、どちらかが先立って、どちらかが残されたとき、
残された者が苛まされるであろう「後悔」が少しでも軽くなるように、
今からでも意識してお互いに接してほしい。

もちろん両親のほうが人生の経験値は高い。
でも、伴侶との死別は僕しか経験していない。

だから、このことだけは、今日僕が二人に向かってこぼした言葉だけは、
普段頑固で堅物の親父の胸にも、素直に染みこんでいてほしい・・・
と思います。



夕暮れ時ベランダから西の空を眺めると、雲に小さな虹が映えていました。
わかりづらいかもしれませんが写真中央部に短い虹のようなものが見えます。
晴天だったので、確かに虹なのかどうなのかはわかりません。
最近、空を仰ぎ見ることが多くなりました。
もちろん「あかねがあの空の上にいるんじゃないか・・・」と想像しているからです。


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Author:むらさきせいじ
2011年春、妻をなくした40代です。
本当に本当にありふれた人間ですが、人生の半ばともいえる40代で世界中でいちばん大切な人を喪失したことはそれなりに特異なことだと思います。
そんな状況におかれた心情を綴っていくことで少しでも心が解放されたらと思っています。
プロフィールのサムネ画像は、妻が描いた僕の顔です。

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