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「自分のいのち」

について、かなり真剣に考える機会がありました。

実は10日ほど前、会社のトイレでいきなり血尿が出ました。
それはもうはっきりと「赤色」で、
正直、「うっわー」と動揺しました。

血尿からまず連想したのは「結石」ですが、
確かあれってかなりの痛みを伴うって聞くけど・・・

僕の場合は尿が赤いだけで痛みはまったくありません。
頻尿とか残尿感のような違和感もまったくありません。

その日家に帰ってからも血尿は続き、ネットで血尿について調べてみました。

血尿の原因として主だったものとしては、結石や炎症のようですが、
ある日突然、肉眼的血尿(目で見てはっきりとわかる血尿、それに対して尿検査などではじめてわかる血尿を顕微鏡的血尿と呼ぶそうです)が出て、僕のように尿が赤い以外の症状が何もない場合、疑わなければならないのは「癌」(腎癌や膀胱癌など)だということでした。
年齢的にも癌の疑いがあるゾーンにヒットしています。

こうしたネット上の情報を眺めながら、僕の気持ちはどんどん複雑にこんがらがっていきました。
こうした情報を目にした時、普通の人なら、ただただ命を脅かす病気の疑いがあるかもしれないことに不安になっていくんだろうと思いますが・・・

僕の場合そんなに単純ではありません。

(この先、罰当たりなことを書いているかもしれません。ご了承ください。)

僕にももちろん不安が走りました。
でもそれは、自分が死に直結する病気の疑いがあることに起因する「自分の死」そのものへの恐怖よりも、
あかねの両親も含めた4人の親よりも早く死んじゃうかも?
という不安です。
思考が性急過ぎる、と思う方もいらっしゃるかと思いますが、僕は一番身近にそうなってしまった人を知っています。

それは避けなければいけない。
そんなことになったら、あかねに合わせる顔がない。

順番どおり4人を見送ってから、僕は最後にあかねのもとに向けて出発する。
そうでないと胸を張ってあかねに逢えない。

あかねに再会するまでのシナリオがくじかれることを恐れました。
そして、親達に再びあかねの時のような哀しみを与えてしまうかもしれない、ということを恐れました。

でも・・・

その一方で、
果てしなく永いと思われた哀しみとともに歩く人生を、思いのほか早く閉じることができるかもしれない。
あわよくば、胸を張ることはできないけど、思ったより早くあかねの住む世界に逝けるんじゃないか?
・・・という甘美な誘惑に気持ちが傾いたことも事実です。

もし病院での診察の結果が最悪のものとなったとしたら、
僕は積極的治療を拒むんじゃないか?
「ホスピスに回してください」と自ら申し出るんじゃないか?
という予感がありました。


「不安」と「誘惑」
このふたつの感情がこんがらがって、この数日間は地に足が着かないモヤモヤとした日々を過ごしました。



初めて血尿が出てから最初の休みの日(3日後)にそれなりに施設が揃ってそうな市内でも大きな病院に行き、診察と検査を受けました。
検査は採血・尿検査・超音波検査・レントゲンを受け、結果として原因は特定できませんでした。
そして、
やはり癌を想定した検査を後日することとなりました。

「もし次の検査の結果が結果なら、絶対親達には言えないな・・・」
「弟だけには伝えて、もしもの場合のことを頼もう・・・」
などなど想いを巡らせ、
「腎臓癌の場合、抗癌剤の効果が期待できず、手術と免疫療法が治療の基本らしいから、脱毛なんかの副作用がないなら治療中も親達に隠し通せるかも・・・」
ネットでかじった情報をもとにそんなことも考えていました。


癌検査は今日受けてきました。
再び検尿、それから造影剤を入れてのCT、レントゲンを受けた後、担当医から告げられたのは、

「特発性腎出血」

「特発性」とは早い話、あらゆる検査を施しても原因がわからない、ということだそうです。
それならそれで素人としては不安は残りますが、多くは自然に消滅するようで、将来腎臓の機能に支障をきたすという心配もふつうはないようです。

診断が出た後、出血の場所を特定するためにさらに内視鏡検査を受けました(あれは痛かった)。
出血場所も特定され、とにかく止血はしなければ、ということで止血剤を処方されました。
これでも血尿が続くようなら、2、3日の入院を要する手術が必要のようですが、とりあえずは薬を飲んで2週間ほど様子見です。

「癌でなかった」

この結果に対して、
何と言うか、自分自身のリアクションは思った以上に薄いものでした。
これからも親達を見守っていけるという安堵と、あかねのところに逝き損ねたいう罰当たりな落胆が、互いに押し合って、
「不安」と「誘惑」の間で揺れ動いた心の振り子が、ピタッと止まってしまったみたいでした。


今回のことで、僕の心の中には「死」に対する「不安」と「誘惑」がせめぎあっている、
ということが露になりました。
それから、
「自分のいのちにはまだ役割が残されているんだな」
ということを想いました。


病院を後にしたその足で、あかねのお墓に行きました。

「癌じゃなかったよ」
「せいじくんは、まだそっちでやることがいっぱいあるでしょ!」
「だよね」

あかねとそんな会話をしました。


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プロフィール

むらさきせいじ

Author:むらさきせいじ
2011年春、妻をなくした40代です。
本当に本当にありふれた人間ですが、人生の半ばともいえる40代で世界中でいちばん大切な人を喪失したことはそれなりに特異なことだと思います。
そんな状況におかれた心情を綴っていくことで少しでも心が解放されたらと思っています。
プロフィールのサムネ画像は、妻が描いた僕の顔です。

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