→前回の闘病記はコチラをご覧ください

東京まで、丸山ワクチンを取りに行くのはお義父さんに任せることにしました。

お義父さんの主張は、、、

「東京に行くとなったら、丸一日あかねのそばを離れることになる。もし、あかねに万一のことがあった時、必ずそばにせいじくんがいなければいけない。あかねを看取る時、せいじくんは必ずあかねのそばにいてほしい。」

ということでした。

ありがたかったです。

でも、お義父さんもあかねのそばに居たかったに違いありません。

あかねを個室に移してすぐ、僕は泊り込み体制に入りましたが、程なくしてお義父さんも同じように病院に泊り込むようになりました。
もう、70が近い歳で病院の補助ベッドで眠るのはきついと思います。
でも、お義父さんの意思に水を差すことはできませんでした。
僕が彼の立場でも同じことをしたと思うからです。
また、お義母さんも毎日4回の腹膜透析がなかったら、同じようにしていたのではないかと思います。

きっと彼らにとって、あかねは本当にかわいい一人娘だったと思います。
彼ら親子は、僕の目から見ても本当に仲が良く、後から家族として加わった僕に対してもよくしてくれました。

最期の時に必ずあかねのそばにいなければならない人間として、僕を指名してくれ、自らは臨終に立ち会えないリスクを冒して、娘のためのワクチンを手に入れるために東京に向かう朝一番の電車に乗り込んだお義父さんに、僕はどう応えていいのかわからないくらい感謝します。


そして、幸い、あかねはワクチンの到着を待ってくれました。


4月の中旬、お義父さんが丸一日を費やして持ち帰ったワクチンは、4月15日から投与されました。

その日の夜だったと思います。
僕は、あかねと僕の未来を取り戻したいと思い、反応のないあかねの手をとりながら


「今日から、むらさきあかねの逆襲を始めよう」


とあかねに語り掛けました。

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これまでにほんブログ村の「子宮がん」カテゴリに参加していましたが、思うところがあり、登録をはずさせていただきました。ご了承ください。
プロフィール

むらさきせいじ

Author:むらさきせいじ
2011年春、妻をなくした40代です。
本当に本当にありふれた人間ですが、人生の半ばともいえる40代で世界中でいちばん大切な人を喪失したことはそれなりに特異なことだと思います。
そんな状況におかれた心情を綴っていくことで少しでも心が解放されたらと思っています。
プロフィールのサムネ画像は、妻が描いた僕の顔です。

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