→前回の闘病記はコチラをご覧ください。

病院に着いてから、医師の説明を受けるまでの記憶はありません。
憶えているのは、「悪性の腫瘍。子宮体がんで卵巣、リンパ節、肝臓にも転移している」という結論だけでした。

あかねは黙って聞いていました。

「何か質問したいことはありますか?」と訊かれて、僕はかろうじて「良性の可能性もあるんですよね?」と医師の宣告に抵抗するかのように訊きました。
医師の宣告は、正式な検査結果を待たずしての宣告だったからです。

「いえ、私の経験上、このような出血で良性の可能性はまずありません」

返ってきたのは、かすかな淡い期待をゼロにするものでした。

検査の結果を待って翌週には手術という予定を説明され、診察を出ました。

あかねはこの時すでに車椅子に乗っており、主治医ではない若い医師が車椅子を押して、僕はその傍らをとぼとぼついていきながら、あかねがこれから過ごす病室まで移動しました。

病室についてからのあかねとの会話もあまりよく憶えてません。

ただ、あかねがいつものように僕にこう言ったのを憶えています。

「こんなことになって、ごめんね」

バカ!なんでそんなことを言う?

あかねが綴った日記とも言えないほどのメモ書きが遺っていて、それによると僕は

「治ってくれたら、いいよ」

と答えたようです。
何をえらそーに・・・・。

「(あかねの)両親にはこれから俺が話をしておく」と告げ、病室を去ろうとして、たまらずあかねを抱きしめました。途端にこみ上げてくるものがありました。

「どうした?」

とあかね。

どうしたもこうしたもない。
世界で一番愛しい人が、命の危機に立たされてしまった。

「アタシは大丈夫」

また彼女はいつものセリフを言ったと思います。

病院を出て、あかねの実家に車を走らせました。
途中、会社にも連絡を入れておこうと、コンビニの駐車場に車を停め、携帯を取り出しました。
取り乱していた感情を必死に押さえ、気持ちを冷静にしてから会社に電話をして、明日出社したら妻の病状とこれからのことを説明させてほしいと伝えました。会社に電話を繋げる前に何度も深呼吸をした記憶があります。

あかねの実家の両親に話すことは、さらにつらいことでした。

すでに昼間に一度病院を訪れていた二人は、あかね様子を見て「それほどたいしたことじゃない」という印象を抱いていたと思います。
実際昼間のあかねはとても症状は落ち着いていて、普段のあかねと何ほとんど変わったことがありませんでした。

「お義父さん、お義母さんも聞いてください」と切り出し、病院で受けた説明をあかねの両親に話しました。

二人とも黙って聞いていましたが、僕は伝えることを伝えると耐え切れず取り乱してしまいました。
宣告を受けた時から、抑えきれない考えがありました。
毎日、毎日帰宅が遅い僕の生活サイクルがあかねに負担をかけ、それがあかねの病気を引き起こす原因になったのではないか?
ということです。

「俺のせいや・・・。」

心情そのものの言葉を嗚咽まじりにもらしてしまったことを憶えています。
それに対して僕を責めることは一切なく、むしろ「せいじくんに申し訳ない」とさえ言ってくれました。

あかねの両親は、結婚前に初めて会った時からこの日まで、常に僕に肯定的に接してくれました。
あかねに言わせると「こんな娘をもらってくれたから、せいじくんのことは大好きなんよ」
だそうです。

あかねと僕が結婚したのは、あかねが30歳、僕が28歳の時でした。
女性にとってはある意味区切りの年齢であり、その年齢で結婚相手が見つかったことは、両親にとってとても安堵できたことだったようです。

でも、あかねとの生活を一年一年積み重ねるにつれ、逆に僕はあかねをこんな女性に育てた家庭を作った両親二人に密かな感謝の念を抱いていました。

あなた方が育てたあかねは僕にとってかけがえのない人間です。あかねに出会えたことは偶然かもしれませんが、あかねの人格形成に多大な影響を与えたに違いない、あなた方に僕は感謝しないわけにはいきません。

両親に、一応は検査の結果によるが、来週子宮と卵巣の全摘出手術をする、と伝え、僕の両親にはどう伝えるかに議題が移りましたが、それについては迷うことなく手術の前日までには伏せておくことにしました。

それにはそれなりの理由がありました。

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これまでにほんブログ村の「子宮がん」カテゴリに参加していましたが、思うところがあり、登録をはずさせていただきました。ご了承ください。
プロフィール

むらさきせいじ

Author:むらさきせいじ
2011年春、妻をなくした40代です。
本当に本当にありふれた人間ですが、人生の半ばともいえる40代で世界中でいちばん大切な人を喪失したことはそれなりに特異なことだと思います。
そんな状況におかれた心情を綴っていくことで少しでも心が解放されたらと思っています。
プロフィールのサムネ画像は、妻が描いた僕の顔です。

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