今年最後の月命日です。
午前中にあかねの両親と墓参りをしてきました。

天気は悪くありませんでしたが、やはり空気は冷たく、用意していったスタ○のドリップコーヒーもみるみる冷めていきました。
下界の季節は冬だけど、天の住人となったあかねは今どんな空気に包まれているだろう?
いつも心地良い温もりのなかで過ごしていれば良いけど。


年の瀬も近づいてきましたが、過去の記事にも書いたように、
あかねの命日と誕生日、そして僕たちの結婚記念日以外は365日のうちの1日に過ぎないので、
年末とはいえ気持ちに高揚感が湧くでもなく淡々と日々を過ごしています。

実際、今日墓参りをすませたあとに髪を切りに行ったのですが、
美容師さんに髪を切られながら、
「お正月はどうされるんですかー?」
とたずねられ、
「いやー、何も予定はないっすねー」
と少々当惑しながら答えました。
美容師さんには申し訳ないですが、会話が弾まないことこの上なしでした。



さて、話は変わりますが、以前このブログのどこかで書いたように「あかねのブログ」を紹介したいと思います。

2005年9月から2008年8月まで全記事数652件のブログです。

僕のブログのなかで書くあかねの「ひととなり」については、僕というフィルターがかかっています。
より直接的にあかねの「ひととなり」を感じてもらうには、あかね自身が綴った文章を読んでもらうのがいちばんだろうと思います。

日記ブログですが、面白くて楽しいブログです。
あかねの明るさやユニークさをより感じていただけるはずです。
僕のこともちょいちょい記事になってます。
二人の関係性がよく表現されています。

僕自身にとっては、
僕たちにはこんな、今にして想えば夢のような日々が確かにあったことを思い出させてくれる、大切な宝物のブログです。

タイトルは(散々やめとけって言ったのに)
「となりの奥さんの日常」
と言います。

タイトルで検索すると、いかがわしいサイトも多数あがってくると思いますのでぜひ下のリンクから訪れてください。
http://tonarino.cocolog-nifty.com/tonaoku/
(当ブログのPC版画面右側のサイドバーにも常時リンクを貼っておきます)

あかねのブログには固定のファンの方もいたようで、コメントもたくさんもらっていました。
実は、あかねのブログの管理者ページには僕も入っていけるので、あかねのブログでことの経緯を説明する記事を僕が書こうかとも思っていました(実際ほとんど書き上げました)。

でも、頻繁に閲覧してくださっていた方々は、

“おもしろおかしく、明るく楽しいあかねちゃん”

というイメージを持っておられたはずです。
あかねのブログに訪れてくれていた方々に、この年末に気の重い話をお伝えすることはあかねの望むことではないだろうし、いつまでも“明るく楽しいあかね”のイメージを抱いたままでいていただこうと考え、記事のアップは止めました。
(もっとも4年以上も前に自然消滅的にフェイドアウトしたブログに、現在訪れている方はいないでしょうが・・・)

ただし、あかねのブログのリンク集にこっそりと僕のブログのリンクを貼りました。
ほんの気休めに過ぎませんが、お互いにリンクを貼って“あかねとの新しい繋がり”を得た気もします。


TONA17.jpg

あかねがブログにアップしていた自作イラストの一枚です。フリーハンドのマウス操作で描いたものと思われます。結果小学生が描いたような絵ですが、これはこれでオリジナルな味わいがあります。
こんな面白い(変な?)画像や、記事ばかりのブログです。
よろしかったらぜひ見てやってください。


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あかねと僕の間には子供はありません。

僕たちの生活空間にはあかねと僕の二人だけです。

時には意味のない行動で時間の隙間を埋めていくことが多々ありました。

他人から見れば、「何やってんの?」と思われても仕方のない夫婦のコミュニケーションがあったと思います。

以下の5コマはそんな僕たちの日常の一面をあかねが切りとったものです。

きっとマウスで線を描いたと思われます。
文字もマウスで書いたと思います。

あかね、俺に訊ねてくれたらもっと見映えよく作れたのに・・・・

でも、こんな超ハンドメイドなあかねの“作品”に僕は本当に硬く結ばれた心をほどいてもらっている感覚を覚えます。



fuufu2.jpg
fuufu3.jpg
fuufu4.jpg
fuufu5.jpg

僕たちは、こんなささいな場面を後何百回も何千回も積み重ねていくはずでした。

でも、こんな取るに足らないあかねとのやり取りは、もう一度だって実現することはありません。

僕はこうした小さな小さなあかねとの交わりに心を癒され、生きていくことの意味を無意識のうちに抱いていたと思います。



あかねと一緒に生きることが、僕が生きている理由でした。




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突然ですが、あかねは20歳代のころ、本気でマンガ家を目指していたそうです。

その頃に描いたマンガは、メジャーマンガ雑誌で賞をもらい、そのマンガ雑誌にも掲載されました。
あかねによると編集者もついていたそうです。

我が家に、現役マンガ家として活躍されている人から電話がかかってきたことがあります。
同じそのマンガ家から直筆年賀状も届きました。
知り合いだそうです。

あかね実はすごい才能の持ち主なんじゃねーの?

ただ、僕と結婚してからはその片鱗をわずかに垣間見せただけで、自分がそんな雑誌に掲載されるほどのマンガを描いていたことなど、自分からすすんで語ることはありませんでした。

でも、

本当に絵がうまいなぁ・・・。

と思うことは多々ありました。

結婚式の披露宴で出される料理のメニューを自分で描きました。
その式場から今後も描いた料理のイラストを使わせてくれないかと言われたそうです。
(いやしい僕は、「金もらえんの?」とあかねにたずねた記憶があります)

あかね自身もブログを運営していた時期があり、そこにも自分で描いたイラストをアップしていました。

でも、PC操作にはイマイチ疎かったあかねは、ペンタブレットではなく(そんなハードはうちにはないのですが)、マウス操作で線を描き、レタッチソフトで色をつけ描いていました。

でも、それが何と言うか趣があって、僕はそれをながめてなんだかゆるーい気持ちになったものでした。

マンガ雑誌に掲載された絵のタッチはそれなりにセミプロ然としていますが、僕は落書きに近いあかねの絵のほうが断然好きです。
(あかねは怒るかも・・・。)


今僕の手元に残る、そんなあかねの“作品”を紹介していこうと思います。

そして、いきなり切り札を切りますが、僕たちの暮らした部屋の一番いいところに飾ってあるあかねのイラストをアップします。

イラストと言うか、あかねが僕宛に送ったカードです。

あかねが外科手術を受けた2010年11月16日から数日後、24日が僕たちの結婚記念日でした。
手術後入院していたあかねが、結婚記念日にあわせて病院から僕宛に投函してくれたものです。
(毎日逢っていたにもかかわらず・・・。)

カードのイラスト自体は、鉛筆で書かれたモノクロの線画でしたが、僕がPCにスキャナで取り込んでレタッチソフトで色をつけました。

カードでは手術後数日しかたっていないのに、もう自分のことはそっちのけで僕を気遣う言葉があります。

「俺のことなんていいから、自分のことを気遣え!」

多分、このカードを受け取った僕はそんなことを考えたはずです。

あかねは、いつもどんな時も、自分がどんなに大変な状態にある時も、僕の良く知っている優しいあかねでした。

2010_1126葉書モザイク
※文中の「プレモル」は、某有名酒造メーカーの「プレ○アム ○ルツ」というビールの銘柄です。結婚してから、僕は毎晩「○ルツ」を呑んでいます。「プレ○アム」がつく「○ルツ」は特別な日にあかねが出してくれました。
※モザイクをかけているところは、あかねと僕のリアルネームです。恥ずかしいのでモザイクをかけさせてもらいました。

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お知らせ
これまでにほんブログ村の「子宮がん」カテゴリに参加していましたが、思うところがあり、登録をはずさせていただきました。ご了承ください。
プロフィール

むらさきせいじ

Author:むらさきせいじ
2011年春、妻をなくした40代です。
本当に本当にありふれた人間ですが、人生の半ばともいえる40代で世界中でいちばん大切な人を喪失したことはそれなりに特異なことだと思います。
そんな状況におかれた心情を綴っていくことで少しでも心が解放されたらと思っています。
プロフィールのサムネ画像は、妻が描いた僕の顔です。

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