このところぼーっとした日々が続いています。

感情の起伏も少なく、何にも興味を掻き立てられず、ただただ時間だけが目の前を通り過ぎている感じがします。

朝と夜の二回、仏壇の前に座って線香をあげるとき、あかねに聞かせてやる話もあまりなく、今日はついに・・・

「すまん」

とあかねに謝ってしまうありさまです。

自由な時間を持って、いろんなことを見聞きして、あかねに聞かせてやるつもりだったのに、ここにきてその思いとは裏腹に無意味な日々を貪っていることが情けない。

まずいなー。

切実にそう思い始めました。


あかねもやきもきしているかもしれない。

・・・と思うと、余計に気が焦ります。
あかねにそう思わせてしまうことはいちばん避けたいことです。

なんとか自分で自分を奮い立たせないと、ズルズルと落ちていきそうな不安に駆られます。


こんな状況を突破するために、苦し紛れながら思いたったのは・・・

どんな小さなことでもいいから、その日起こった(体験した、実行した、見た、聞いた)何か「いいこと」を見つけて、あかねに話すこと、です。

晩飯が上手に作れたとか、天気が良かったから洗濯物が良く乾いたとか、
どんな些細なことでもいいから、「いいこと」を見つけてあかねに伝えることにしよう。
あかねが、「よかったね」と言ってくれることを語りかけよう。
たいそうな事でなくても、ちいさな贈り物を毎日あかねに届けられるようにしよう。

そして僕自身のためにも、
暗闇ばかりに目を向けるのは止そう。
小さな「いいこと」に光を当てて、光に照らされたものを心に刻むようにしよう。

(そう言えば、このブログのタイトルは・・・、と自分でつけたタイトルの意味をあらためて噛み締めた次第です。)


いままでも無意識に光明を求めていたとは思います。
でも、自分から光をつかまえにいこうとしていたか?と問われれば、下を向いてしまいます。

追い詰められてようやく僕は、「意識的」にならなければ・・・と思いました。

こんなことは、自分の胸で決意して、自分の胸にしまっておけばいいことなのですが、自分を律するためにブログに書きました。
ここまで付き合って読んでくださった方には申し訳ありません。


ちなみに、今日の「いいこと」は
仏前に供える仏飯がとてもきれいに丸く成型できたこと、でした。

あかね、初回からほんとに「プチいいこと」でごめんな。


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今日は春を思わせるような暖かさでした。

天気が良いこと、ここ数日バイオリズムが下降気味でふさぎ気味であること。
このふたつの理由で、気晴らしに出かけることにしました。

性懲りもなくまた海です。
瀬戸内海の島です。
この小旅行については、また機会があれば書きます。


「今日は暖かいなー」
と、いちばん感じたたのは、日帰り旅行から帰ってきて、夕飯を食べて、煙草を吸いに夜のベランダに出たときです。

僕は煙草を吸います。
もちろん、あかねの病気が発覚してからは、あかねが部屋にいるときはベランダに出て煙草に火をつけて、室内で吸うことはありませんでした。

そして、今でも部屋の中で煙草を吸うことはありません。
灰皿はベランダに置いています。


あかねはきっとこの部屋にいてくれる。
そう思うと、やっぱり部屋の中で煙草を吸うことはできません。


煙草を部屋で吸えない。
牛肉や豚肉を食べれない。


もう、あかねに何の害も与えることのないはずのことを、
もう、自分にそれを課してもなんの意味もないことを、
止めることができません。


出かけるときは、
「あかね、ちょっと出てくるからな」
風呂に入るときは
「風呂入ってくるからな」
朝起きたときは
「あかね、おはよ」
寝室に行くときは、
「あかね、もう寝よー」

100%、声をかけます。


僕は、あかねとの暮らしの続きを、馬鹿みたいに続けているみたいです。


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以前うちの家計はすべてあかねが管理していました。

今は当然自分で家計をチェックしています。

何ヶ月か家計簿をつけてみて(今もつけています)、うちの出費の構成をはじめて把握することができました。

うちの場合、車や家などのローンはありませんが、賃貸マンションに住んでいるので「家賃」がもっとも大きな支出になります。それに続くのが「食費」です。

・・・そしてその次に続くのが

「酒代」

でした。

僕は、毎晩呑みます。
必ず呑みます。
それも、発泡酒などのお手ごろ品ではなく、原材料が麦芽とホップだけの正真正銘の「ビール」です。
いつも、箱買いします。
毎晩ビールを基本に、興がのれば夏は泡盛、冬は日本酒がオプションでつくことがあります。

毎月の金額は内緒ですが、いずれにせようちの家計における支出の上位であることは間違いのないところです。



以前僕はあかねの食材の買い物に付き合うとき、「買い物時間が長いなー」といつも思っていました。
「ちゃっちゃと済ませて帰ろうぜー」と急かしたことも多々あります。

あるいは、夕方になって買い物に出掛けるあかねに、「もっと早い時間に済ませてしまえばいいのに」と声を掛けたこともあったと思います。

今から思えば、
買い物時間が長かったのは、売り場をくまなくチェックして値段を吟味していたからだと思います。
わざわざ夕方まで待って買い物に出かけるのは、「見切り品」や「タイムサービス」を狙っていたからだと見当がつきます。


あかね、すまん。
苦労をかけてたな。


そんなことは、どこの家庭の奥さんもやってるよ・・・くらいのことかもしれませんが、食材費のことだけではありません。
あかねの御用達の店はユ○クロで、冬になると5年ほど前に買ったブルゾンをここ数年毎年着ていました。
というか、冬の外出時はほぼその一着で通していました。
足元はいつも同じスニーカーです。

稼ぎが悪い上に支出のかなりの金額を文字通り「呑みこんでいた」僕は、あかねが細かくやりくりしてくれていたことに思い至って、面目ないやらありがたいやらで、ただただあかねの遺影に向かって頭を下げるだけです。


今僕はスーパーの折込チラシを見ます。
スーパーに行ったら行ったで、あっちの陳列棚とこっちの陳列棚を行ったり来たりしながら、時間を費やして買い物をしています。
先日ある調理道具が欲しくて購入したところ、うちの台所の引き出しの奥に同じ調理具があったことを見つけてしまい、無駄な出費をしてしまったと深く落ち込みました(確か400円くらいのもの)。

自ら会社を退職し現在無職の僕が言うのもなんですが、金銭的な感覚は多少細かくしっかりしてきたと思います。
また、小さな倹約に労を惜しまないようになりました。


そして今日、近くのスーパーで発泡酒並みの値札がついている麦芽とホップだけのビールを発見しました。
見慣れないラベルのビールだと思ったら、大型スーパーチェーンのプライベートブランドでした。
この発見にはここ数日でもっともテンションがあがりました。


あかね、あかねを見習ってこれからもちまちま頑張るからな。


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年末年始の休日も今日が最終日。

今日は朝から冷たい風がびゅんびゅん吹いていて外に出るのも億劫だし、今日こそのんびりしようと思いました。

ただ、そこは貧乏性の哀しいサガか、じっとしていてもかえってストレスが溜まるので、数日前に買ってから手つかずのまま放置していたさつま芋を片付けることにしました。

料理ビギナーの僕が、さつま芋から発想するのは「大学いも」くらいですので、ネットで基本的な作り方を調べて、ちゃちゃっと作ってみました。

20120104.jpg

揚げるという王道の手法を使わずフライパンで火を通すだけの方法で作った割には、見た目にも「らしい」ものが出来上がり、味のほうも、若干皮が堅く感じられたものの、「おぉ!間違いなく大学いもじゃん!」と充分大学いもとして通用する味わいでした。

さっそくあかねの仏壇にも供えました。

あかね、どうよ?それなりに食えるよな?


最近、余暇のつぶし方として、「台所に立つ」という選択肢を選ぶことが増えたようです。
また調理をすることは気持ちを浄化する手段として、かなり定着してきたような気がします。

趣味ではなく、必要に迫られて始めた習慣ですが、少しずつ「楽しみ」に変わってきていることはいいことなんだろうと思います。
あかねもよくお菓子作りをしていたから、今あかねがいたら色々と共同作業ができたかもしれません。
それだけはとても残念です。

今日の記事は比較的「軽い」トーンで綴ることができました。
今年は、こういういかにも「日記」的で「ささやかだけど明るい出来事」を伝える記事が少しでも増えれば、と思います。


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毎日新聞を開いて、必ず目線を落とすようになった記事があります。

「おくやみ」欄です。

亡くなった方の名前・住所・年齢が掲載されます。

あかねはこのおくやみ欄に掲載されました。
あかねの葬儀をお願いした葬儀屋さんに掲載の意向を訊ねられて、僕としてはそんなことはどうでもよかったことでしたが、お義父さんが
「じゃあ、載せてもらおう」
とつぶやいたので、特に反対する理由もなくあかねの死の報せは地元地方紙のおくやみ欄に掲載されました。


○○市 むらさきあかね 45(□□□町△△-△△)


名前と年齢と住所が記されていました。
その日のおくやみ欄に40歳代で載っていたのはあかねだけでした。

それ以来、なんとなく毎朝新聞を開くとおくやみ欄でページをめくる手をとめてしまいます。

80歳、90歳代でお亡くなりになる方が多いようですが、今のご時世、100歳を越える方の訃報も決して少なくありません。
実は僕の祖母もまだ健在で今年100歳の大台に乗ります。
今年の誕生日まで元気なら、市からのお祝いを受けることになります。

でも、そんな高齢まで生を貫かれた方々に混じって、あかねと同じように40歳、またはその前後の30歳代・50歳代の方の訃報もごくごくまれではありますが目にします。
しばらく前までは東日本大震災で亡くなられた方の訃報記事も毎日載っていましたが、その欄には本当に「年齢など生死の基準ではない」と言わんばかりにさまざまな年齢の方の訃報が伝えられていました。

80を越える方の死であれば、なんとなく寿命をまっとうされたのかな?
と思いますが、
その年代に到達される前に亡くなった方が載っていると、やはり心が揺れる思いがします。

思い残すことがたくさんあったのでは?
そして家族・親族の人たちはとても残念で悔しくて悲しい想いをしているのでは?
と想像してしまいます。


あかねは、自分の生がこんなにも早く終焉してしまうことに戸惑い、困惑し、無念に思い、悲しく思っただろうな、と僕は思っています。
そして、あかねのそんな想いは僕たち家族も同じです。

まだ、人生の半分といってさしつかえない45歳での人生の終わり。

きっとあかねは「生ききった」という想いは微塵もなく、死の波にさらわれたのだと思います。

臨終直後の表情は「穏やか」といっていい顔はしていましたが、でもすべてを納得して自分の運命を受け入れたとは思えません。
まだまだ自分の「生」を燃やし続けたかったに違いありません。

そう想いを馳せると、あかねのことが本当にかわいそうで、また気持ちが乱れます。

もちろん、年齢だけが基準ではないでしょう。
20歳代で
「オレはこの世でやりたいことをやり尽くした」
と満足して死の床につく人だっていないわけではないかも知れません。

でも、やはり人には、歳を重ねて初めて発見する人生の「楽しさ」や、若すぎて解らなかった「真実」や、永く生きたからこそ手に入れることができた「人間的な魅力」があるのではないかと思います。

だから、僕は50歳のあかねに、60歳のあかねに会いたかった。
あかねの魅力は20歳代、30歳代、40歳代を通じてなんら損なわれることはありませんでした。
こんなことを僕が言うのもなんですが、あかねは本当に可愛い45歳の女性でした。
きっと、これから先何十年先だって、僕のあかねに抱く印象はかわらなかったと思います。
可愛い50歳、可愛い60歳になれたはずです。
むしろ、歳をとるごとにその魅力は年齢とのギャップが拡がることでさらに際立ったかもしれません。

ジョン・レノンという人が歌う曲に「Grow Old With Me(グロウ・オールド・ウィズ・ミー)」という曲があります。
僕は10代のころこの曲を聴き、いたく感動しました。

「僕と一緒に歳をとってほしい。本当にいいことはこれからだ。」

というようなことが歌われています。

その数年後、僕はこの曲をさらにリアルに感じられる人と結婚することができ、
さらにその十数年後、その人が闘病を続ける病院へ行き来する車の中で何度となくこの曲を流して、前を向こうとしました。



話がそれてしまいましたが、、、

「私は生ききった」

と思える人は幸せなんだろうと思います。
また、その家族の方も悲しいだろうけど、家族の死を静かに受け入れることができるのかな、と思います。

でも、この世に想いを残して死に手を引っ張られてしまった人は無念さを抱きながら目を閉じ、残された家族は憐れみを永く背負っていくことになるのだろう、と思います。


ひるがえって、、、

僕は「生ききる」ことができるのかな?

と自分に問うとき、今の僕にはまったくその答えを導き出すことができません。

あかねの存在がこの僕たちの部屋になく、この世のどこを探してもない今、僕には思い残すことはないといえばそう思えます。
でも、「生ききった」かと言えば、それはまた違います。

「生ききる」という達成感とは異なる、「この世で期待するものはもう何もない」という虚無感に囚われた気持ちが、「思い残すことは何もない」という多少耳障りの良い言葉に隠れているだけです。

「生ききる」こと。

そもそも、どこまで辿り着けばそんな心境になれるのでしょうか?

そんなことをぼんやりと考えてはまたわけがわからなくなりながら、明日の朝もまた新聞のおくやみ欄に目を落とすのだろうと思います。


<今回の記事は、角川oneテーマ21の新書「生ききる」(瀬戸内寂聴さんと梅原猛さんの対談本)のタイトルに感化されて書きました。記事の内容と本の内容にとくに関連はありません。(たぶんないと思います。まだ読み始めたばかりなのでわかりません。)>

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お知らせ
これまでにほんブログ村の「子宮がん」カテゴリに参加していましたが、思うところがあり、登録をはずさせていただきました。ご了承ください。
プロフィール

むらさきせいじ

Author:むらさきせいじ
2011年春、妻をなくした40代です。
本当に本当にありふれた人間ですが、人生の半ばともいえる40代で世界中でいちばん大切な人を喪失したことはそれなりに特異なことだと思います。
そんな状況におかれた心情を綴っていくことで少しでも心が解放されたらと思っています。
プロフィールのサムネ画像は、妻が描いた僕の顔です。

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