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年が改まりました。

だからといって、いつものとおり特にイベント感を感じることもなく、
淡々と日々を過ごしていくはずでしたが、

とても思いがけない一通のメールが届いていました。

普段、主要なメールツールはGmailになっていて、プロバイダーメールはほとんど休眠状態でした。
したがって、メールチェックも10日に一度くらいで、実質、メール受信をしたところで広告メールを削除していくだけのやっつけ仕事に終わることが常でした。

ところが、昨日いつものように受信トレイに届いた数々の広告メールを削除しようとしていたところ、

「あれっ?」

と、ルーティン作業の手を止めるメールが届いていました。


2011年、あかねが亡くなった年の秋に、僕があかねの訃報メールを送ったYさんからでした。

そのことはこのブログの記事にも残しています(その記事はこちらです→“届かなかった葉書と送ってみたメール”)。

メール送信後、彼女(Yさんは女性です)からの返信はなく、僕自身も気に留め続けていることもなく今日に至っていました。

そのYさんからのメールでした。

メールには・・・
2011年、僕が送ったメールが確かに彼女のメールアドレスに届いていたこと、
メールの内容を受け止めるのにとても時間がかかってしまったこと、
それに伴って連絡が遅くなってしまったことへのお詫び、
今は日本に帰ってきていて、いつかあかねの墓前に手を合わせに行きたいと思っていること、
(あかねが亡くなった当時彼女はアメリカ在住でした)

などなどが、綴られていました。

あかねの生前を知る人から贈られる言葉は、だれであってもいつであっても心が温まる。
あかねが好きだった人に嫌な人間はひとりもいない。
みんなあかねのことを愛してくれていた。

あかねがこの地上から空に昇って6年以上経ったいまでも、
あかねのことを胸に思い浮かべてくれているひとがいる。

そう思わせてくれるYさんからの嬉しいメールでした。

Yさんのメールにあるように、もしあかねの眠る場所を訪れてくれるなら、
“案内するよ
あかねはびっくりして、そして満面の笑みを浮かべるよ”
とメールを返しました。

それから、
僕の今の心情をYさんに率直に伝えるにはこれがいいだろうと思い、
今年年賀状を送ってくれたひとたちに返信した、
(今年も年賀状ではなく)季節のご挨拶の葉書もメールに添付して送りました。

2018greetings.jpg


Yさん、暖かくなってからでいいから、あかねに逢いに来てください。
お待ちしています。


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先日の24日はあかねと僕の結婚記念日。

当日は仕事の休みがとれなかったので、今日になってささやかに結婚記念日を祝いました。

特別な日に、
あかねのために何かできないだろうか・・・?
と考えたところ、
仏壇に鎮座している、あかねがいつもはめていた指輪が黒ずんでいたので、
重曹を使って黒ずみを落とすことにしました。
ネットで調べた方法を試してみましたが、なるほど黒ずみはキレイに落とすことができました。
・・・でも、光沢も少し落ちてしまったような・・・
まあ、良しとしよう。

あかね、少しは喜んでくれたかな?


夜になって、
アルコールをあまり飲めないあかねにも、
今夜はお酒を供えて、苺を使った小さなケーキも供えました。


食ってくれてんのかな・・・?


仏壇に供えるものもそう。
お墓に供えるものもそう。

あかねのために捧げたものも、結局は僕の胃袋に収まることになります。

今夜も、いつまで待っても、
目の前からケーキが消えることはありません。



亡くなるしばらく前から、
口から食べ物を摂ることがまったくできなくなってしまったあかね。

僕があかねに逢っていちばん見たいのは、
美味しそうに食べるあかねの姿かもしれない・・・
そんなことを想いました。



クリスマスも近いですが、
こんな歌詞のクリスマスソングがあります。

♪君にあげるよ 僕のチェリーパイ
 僕は何もいらない 君がいれば♪

シンプルでひねりもない歌詞ですが、僕には沁みます。


”あかねにあげるよ 苺のケーキ
おれは何もいらない あかねさえいれば”


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命に代えても守りたいひとがいるということ
そんなひとと巡り会えたこと
そんなひとと時間を分かち合えたこと


それだけで
僕の人生は
意味があったと思えます


昨日も
今日も

そしてきっと明日も


微笑みを絶やさない
あのひとに


「ありがとう」


と伝えたくて

届いているのかわからないけど

伝えたくて
伝えたくて


返事をしてくれよ・・・


言葉は返ってこないけれど

届いていると信じて


今日も明日も
発し続ける


そして

また
逢えた時

僕が届けようとした言葉を
彼女が受け取っていてくれたと
分かった時

僕は
自分の人生が
満たされていたものだったと
心から思うし


彼女が受けた痛みや苦しみを
凌駕するくらいの
安らぎや幸せを
彼女に返してあげたい


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人生、いい時もあれば、わるい時もある。

でもそれは、
ベーシックな生活基盤があっての話。

ずっと、いつも、常に、
足りないものがある人生に、
いい時もわるい時もない。

いつだって満たされない。

100%なんて、ない。
満たされる瞬間なんて。


いつも、いつだって欠けている。
あなたの存在が欠けている。


これからもずっと、
満ちることのない、あなたが欠落した日々を、
一日一日潰していくことが、
僕の作業。

長い長い作業に、ならないように。
願うのみ。


死ねば、

あなたがいる場所に向かって同じ道を歩き始めることができれば、

心に空いた穴ぼこを、
埋めにいけるのに。


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それは、
時間の経過とともに、

薄らいでいったり、
安らいでいったり、

するもんじゃなかった。

逢いたい。
触れたい。


6年が過ぎたけど、

募っていくばかりです。

根雪の上に、
新雪が積もって、

深く、深く、

想いが積み重なって、
募っていくばかりでした。


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お知らせ
これまでにほんブログ村の「子宮がん」カテゴリに参加していましたが、思うところがあり、登録をはずさせていただきました。ご了承ください。
プロフィール

むらさきせいじ

Author:むらさきせいじ
2011年春、妻をなくした40代です。
本当に本当にありふれた人間ですが、人生の半ばともいえる40代で世界中でいちばん大切な人を喪失したことはそれなりに特異なことだと思います。
そんな状況におかれた心情を綴っていくことで少しでも心が解放されたらと思っています。
プロフィールのサムネ画像は、妻が描いた僕の顔です。

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